第3話 下見

 陰諧の産卵で大分時間を使ったが、まだ余裕はある。当初の予定である“追放者の村”を焼く——前の準備として下見をしようと、八宝菜の案内でそふかは“追放者の村”に来た。そふかは日除けのため、フードを被っている。


「ちゃんと日除けしきれる? 雲日頭に乗せる?」

「大丈夫だよ。それはそうとして雲日は貸して」

「おめー雲日大好きだな」

「陰諧も好きだよ」

「さよか」


 雲日を腕に抱くそふか。頑張って性格キャラに合わせようと真顔を保とうとするが、雲日を撫でるたびに表情が緩んでいる。

 陰諧は<影魔法>により、八宝菜の影の中に巣ごとお留守番である。


 “追放者の村”は見る限り、普通の村のようだ。一軒家が立ち並び、所々に青果店や服屋、日用品店があり、客を呼び込んでいる。

 名前からしてもっと陰気で寂れた村をイメージしていたそふかは、少し肩透かしを食らった気分である。


「どしたん? そふか」

「随分と活気があるなと思ってね」

「そらそうでしょ。ここは言わば、王国に行けなかった人外たちの最後の砦。ここでしか生きれないのに鬱々としてちゃ気が滅入るってもんよ。負の感情を抑え込んでるのか、それともそんなものはないって自己暗示してんのか……。まぁ、空元気じゃない?」

「分析が気持ち悪い」

「酷くない???」


 しかし、そふかがそう感じるのも無理はない。店番の男も買い物を楽しむ女も道を走り回る子供も、一様に楽しそうな笑みを浮かべているのだ。そこに疲れや憂いはなく、純粋に幸せを感じているように見える。それを空元気などと評する八宝菜の遠慮のなさに、そふかは引いた。何より、八宝菜は良くも悪くも人が隠したがっている感情を感じ取るのが得意である。よって、それが真実だとそふかには分かるのだ。余計性質たちが悪い。


「それで、どうする——というか何をする気? 僕は別に何かしたいわけでもないんだけど……」

「んー、そうだね。わたしも特に何かしようと思って来たわけじゃないんだけど……まぁ、見てて」


 八宝菜は自分の影から日傘を取り出し、<実体化>で耳と八重歯を尖らせた。

 そして、青果店の店番の男にすっと近づく。


「あの……」

「あ? 冷やかしなら帰れって…………おいガキ、見たことねぇな。余所者か? どこから来た」


 『FMB』ではNPCはプレイヤーとNPCの違いを認識できないとされている。頭上のプレイヤーネームもウィンドウ画面も見えないためだ。チュートリアルの探検家ギルドへの案内も、王国から「こういうやつがいるから、案内してあげてね」という御触れが出るため、プレイヤーを認識することができると説明されている。

 つまり、普段の女にしては低い地声を出す八宝菜ならば見分けはついたかもしれないが、今の若干低いが幼い裏声を出す八宝菜をただの子供と勘違いしてもおかしくはないのだ。


 余談だが、八宝菜——響は自分の裏声が嫌いである。いつも一緒にいる双葉も滅多に聞かない声だ。理由として「媚びてるみたいなキモイ声しかでないから」と述べている。


「いえその、お父さんと来たんです。ここならニンゲンじゃなくても受け入れてくれるって……」

「……お前、吸血鬼ヴァンパイアか?」

「はい、お父さんが半吸血鬼ハーフ・ヴァンパイアなのでクオーターです」

「そうか……。んで? 何の用だ?」


 人外だと分かると、途端に態度が柔らかくなる男。やはり、ここには人間に虐げられてきた人外が多いらしい。八宝菜は幽霊レイスとはいえ、普通に<実体化>すれば見た目はただの人間だ。あらかじめ吸血鬼に似た姿にしておいて良かったと、作戦が上手くいった八宝菜は悦に入った。勝手に親子設定にしたそふかには後で謝ることとする。


「これから、お父さんと王国に行くつもりなんです。それで果物は傷みやすいけど、ちょっとだけなら買ってもいいよって」

「……へぇ、そうかい。親子二人で大変だなぁ」


 王国に行く、とその言葉を聞くと、一瞬張り詰めた空気になる。すぐに霧散し、行く先を案じるような物言いになるが、八宝菜はしっかりとその裏に隠れた妬みや嘲りを感じ取った。


 いくつか商品を購入し、その場から離れる。そして、そふかの元に駆けた。


「先に謝っとく。親子設定にしてしもたすまん」

「死ぬ?」

「罪重ないか???」


 言い方から本気で嫌がっているわけではないと判断し、話を進める。


「いやー、大分やばいね、ここ。良い感じに良い感じしててとっても良い感じ」

「君がそう言うってことは、泥沼なんだね」

「その評価の仕方は一度詳しく聞きたいところだけど、まーそんな感じ。あー、良いよぉ。とっても良い。まだ一人目だから村全体がどうかは分からんけど、でもこのままじゃ駄目だって分かってるのに、だぁれも改善しようとしない感じは最高だねぇ! こういうどろっどろのやつ、わたし大好き!」

「話を聞く限り、現状維持を突き詰めた結果腐敗してる、といったところかな?」

「ひひっ、腐ってるからには燃やさないとねぇ」

「気持ち悪い」






 その後店を回り、八宝菜が子供に絡まれ、そふかが女に媚を売られるなどして下見を終えた後、二人は洞窟に戻った。


「ねぇ」

「なーにー?」

「君は、心が痛まないのかい?」


 そもそも、そふかにはあの村を燃やす動機はない。自分に擦り寄ってくる女共には辟易したが、それも慣れていることで殺すほどではない。レベル上げをするか否かで迷いつつ、ついていっただけである。


 あの村には人外たちの生活があった。たとえそれが偽りに近くとも、幸福を感じていて、そこに平穏があり、生きているのであれば、態々手出しするのも無粋だと思った。少なくとも、八宝菜よりは常識的であるという自覚のあるそふかはそう感じた。


「えっ、唐突なディス? それは予想してなかった。まぁ、心無いとはよく言われるけど」

「そうじゃなくて、罪悪感はないのかってことだよ」

「あぁ、そっち? そりゃ、あるよ。わたしのこと何だと思ってるのさ」

「別ゲーで親友をオークションに嬉々として出品した女」

「事実だから否定しようがねぇな。あ、今回もやる? 銀の首輪とか手錠とか絶対似合うよ!!! 牙も危ないから、猿轡さるぐつわも一緒に……」

「殺す気か??? お断りだよ」

「そう? 残念。片翼をがれたそふかなんて、いいと思うんだけどなぁ。四肢欠損も見てみたい」

「欠損部位があると、商品としての値段は下がるんじゃない?」

「じゃあどっちにしろ無理じゃん。解せぬ……」


 さりとて、八宝菜と共にいるそふかも十分どこかおかしいのだ。一般人から見れば狂っていて、しかし二人にとってはとりとめのない会話をしながら、高校生として授業を受けるためにログアウトした。

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