第2話 突然変異体
朝、双葉が仮眠室へ行くと響がヘッドセットを付けて横になっていた。すでにログインをしているのだろう。
響が朝一番に部室へ行っていることは文芸部員全員の知るところだ。もちろんゲームしかしていないわけだが、部員以外の生徒や職員には「誰よりも早く部室へ行くとは、部活動に意欲的な部長だ」と評価されている辺り、響の外面の良さが
双葉もヘッドセットを被り、横になる。
他のVRゲームのように眠りに落ちるような感覚ではなく、本当に沈んでいるかのような、違った感覚に身を委ねて——
「——それで野菜、“追放者の村”はどこに……」
「ひっひっふー! ひっひっふー!」
「なんて???」
ラマーズ法で迎え入れられた。意味不明である。
「
「は???」
見ると陰諧が巣——八宝菜よりも少し大きいサイズ——を作っており、ふるふると震えながら腰を浮かせている。周囲には「ひっひっふー!」と喧しい八宝菜に、「チュピピュピュ……」とまるで奥さんの出産を待つ旦那さんのように巣の周りをうろつく雲日、そしてやっと状況が飲み込めてきたそふかがいる。
「とりあえず野菜、うるさい。
「ワンッ」
「犬か。いや待て何で犬耳と尻尾生えてんの???」
「口調崩れとるで」
「言ってる場合か。……で、マジで何???」
「わたしは発見したのだよそふか君……。<実体化>は単に実体を得るだけのスキルではなく、実体あるものに化けるスキルだったのさ……。まぁ、要するに気合で何とかした」
「気合理論嫌いだろお前」
「自分にやられるのは嫌だけど、自分がやる分にはいい」
「お前暴君の素質あるわ」
ぶんぶんと尻尾を振り回しながら答える八宝菜。<実体化>しているため半透明でもなく、獣人だと言っても通じそうである。色々悪用できそうだが、今は<実体化>についての議論に花を咲かせている場合ではない。
「そして雲日、君は一旦落ち着いて。……ほわぁ、毛並みやばい。もっふもふ……」
「
雲日の背中をそふかが撫でると、気持ち良さそうに目を細める。落ち着きを取り戻した雲日は、そふかの足に擦り寄った。尊さでそふかが崩れ落ちた。
「おっ、もうちょっとか? 頑張れ! 陰諧!」
未だに獣人状態の八宝菜が、犬耳をぴこぴこ動かしながら応援する。鳥の尊さでそふか(というより双葉)が崩れ落ちるのはよくあることなので、気にしていない。
少しすると、陰諧が卵を産んだ。
「おぉおおおおおおおお!!! お……?」
「どうした間抜けな声出して」
「前々から思ってたんだけど、わたしに対して当たりきつくない?」
「お前がこんな可愛い燕を使役してることに何かイラっときて」
「その燕と触れ合えるの、実はわたしが使役してるおかげなんやで」
「めっちゃありがとう。大好き、愛してる」
「愛が軽いなぁ。あれ、重いんだっけ?」
「もうほんと優しい! 神!! 天使!! ルシファー!!!」
「堕天使じゃねぇか」
「じゃあ、アスモデウス」
「堕天するが??? ガブリエルとかラファエルとかいっぱいあるだろ、何でピンポイントに堕天使なんだ」
「堕天使ってかっこよくない?」
「それは分かる」
一度ネタに走ればコントせずにはいられない。それが二人の宿命である。
「……何の話だっけ?」
「君が声を出したんだろ?」
脱線しすぎて何を言おうとしたか忘れた八宝菜。今更口調を取り繕うそふかがちらりと巣を見ると、そこには真っ赤な卵——否、燃えている卵があった。
「……何? これ」
「あぁ、そうそうそれ。何だろうねって言おうとしたんよ」
「確かに、普通のサライヴァ・スウィフトゥリトゥの卵は紫と紺のマーブル模様に白の斑点だからね。…………………………もしかして」
煌々と輝き、炎が揺らめく卵。陰諧が無事なことから、ダメージはないのだろう。触っても熱くはない。そこで何か思い出したのか、そふかは<収納>から街で買った図鑑を取り出し、ぱらぱらと
「野菜、これ」
「ん? 何?」
あるページを開き、ある絵を指し示すそふか。そこに描かれたサライヴァ・スウィフトゥリトゥは赤や橙色で全身が燃えていた。そして注釈にある
「あくまで予想だけど、この
「そうっぽいね。……ふへへ。一発でこんなレアなの引き当てるなんて、今日は運が良い日だね! 戻ったらガチャ引かなきゃ」
「お前運が良い日と悪い日の差がえげつないよな」
八宝菜の気持ち悪い笑い方に、そふかは思わず素に戻った。
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