悦楽と八つ当たり

第1話 寮にて、作戦会議

 最後にログアウトした文芸部部長——和泉いずみひびきは、仮眠室を施錠し、職員室にカードキーを届けた。多少面倒だなとは思うものの、この工程を怠ってカードキーを失くし、問題を起こせばさらに面倒なことになる。興味がないことへの行動力がナマケモノよりもないことで有名な響だが、それでゲーム時間が失われれば元も子もない。

 楽しいことをするためには楽しくないこともしなければならない。将来、とても楽しいことをするためだけに響は法律を守り、交友関係を広げ、学校に通い、文芸部副部長であり、幼馴染でもある双葉ふたばめぐるに理系科目の教えを土下座して乞うのだ。プライドは犬に食わせた。


 寮の前で一旦立ち止まると、自動的に扉が開く。無駄に最新式の顔認証システムを搭載しているため、布マスク越しでも認証可能である。スムーズに部屋の前まで辿り着き、双葉と響、二人専用のカードキーで鍵を開ける。


「ただいまー」

「お帰り」


 扉を開けると、そこにはエプロン姿の双葉がいた。


「俺はいつの間に結婚してたんだ……?」

「気持ち悪いこと言ってねぇで、さっさと飯食え」

「はぁい」


 この二人の間では大体、双葉が料理を担当している。響が面倒くさがりというのもあるが、単純に双葉の方が料理上手であるからだ。何ならプロ並みである。


 シャワーを浴びて、着替えて席に着く。

 『FMB』の初ログイン祝いか、それとも特に意識はしていなかったのか、夕飯は響の好きな青椒肉絲チンジャオロースである。豆腐となめこの味噌汁と白米も並び、響は満面の笑みを浮かべた。

 口元を手で隠しながら、むぐむぐもぐもぐと豚バラを咀嚼し、白米を掻き込む響。飯食ってるときは静かなんだよなぁ、と思いながら食後のプリン(双葉の手作り)を食べる双葉。


「お前ってさぁ」

「んむ?」

「食ってる途中に話しかけたのは悪かったから、飲み込んでから返事してくれ」


 味噌汁で流し込んで、再度返事をする。


「で、何?」

「いや、大したことじゃないし今更だけど、お前って外だと表情も行動もやかましいのに、寮の中だと大体真顔だよなぁって」

「本当に大したことじゃないし今更だな」


 食べ終わった響は水で皿など軽くすすぎ、キッチンシンクに置く。自分の分のプリンを冷蔵庫から取り出して、椅子に座った。

 獅子高は施設にやたらと金をかけるので、寮も広い。リビングとキッチン、そして二人部屋に加え、和室まであると知ったときは双葉でさえ「金のかけどころ間違ってね……???」と思わず呟いたほどである。


 閑話休題。


「何で表情作ってるん? 外でも素でいればいいだろ」

「素だよ。テンション高いのも表情筋が死滅してるのも両方素だよ」

「テンションに表情筋が追い付いてなくて草」

「テンションに合わせると体が疲れて、表情に合わせるとテンションが抑圧されるとはこれ如何いかに???」

「お前、体と心が奇跡的なまでに合ってねぇよな」

「お互い様でしょー?」

「確かに」


 響はけらけらと笑いながら、お互いの共通点とも言える性質を指摘する。

 響は、体が女として発達しているが、中身は幼児で基本的に何も考えていない。双葉は、体は女、心は男、恋愛対象は男でFTMゲイという性自認、性指向をしている。

 ある意味、お互い似た者同士なのだ。


「ところでそろそろ人殺したいんだよね」

「もしもし警察ですか?」

「待って違うリアルではんないから」


 最も、双葉は響と同類扱いされたくないだろう。当然である。プリンを食べながら人を殺したいなどと言い出す人間と似ている判定をされて、誰が喜ぶというのだ。


「ちゃうねん。『FMB』の話よ」

「まだ数日程度しか経ってねぇのに??? 何? お前そんな普段殺人衝動持て余してんの??? ちょっと部屋分ける申請してくるわ」

「おーけー、落ち着け。落ち着いて席に座るんだ。最後まで聞いて? ね? あと、が持て余してんのはグロ欲求だから」

「それはそれでどうなんだ」


 ひとず、立ち上がりかけて浮かした腰を下ろす双葉。一連の流れがあくまでネタであることは、双葉も響も承知している。長い付き合いなのだ。響が犯罪を犯さないことくらい、分かり切っている。


「双葉の知っての通り、私がゲームをやる理由って、“グロいの見たいから”なんだよね。双葉ってかもう文芸部の共通認識になってんだけどさぁ」

「お前のグロ好きいつの間に知れ渡ったんだよ」

「心当たりが多すぎて分からん」


 グロ方面に関して、響は様々な伝説を打ち立てている。文芸部員の感覚としては、「最初は普通にドン引きしたけど、もう慣れた」といった様子である。初めから受け入れてた部員も何人かいた。


「んでさぁ、いくら最強目指すぜ! って目標立てても、本来のやりたいことはやりたいじゃん?」

「それで、最初の人殺したい発言になったんか」

「そういうこと」


 食べ終わったプリンの皿を片付けるついでに、紅茶を二人分ぐ響。響がカフェインの効能を強く感じる体質なので、寝る前の今はノンカフェインのものを飲む。


「双葉がログアウトしたあと、ちょっと実験してみたんだけど。レッドネーム、つまり犯罪者だって認識される条件は、なんよ。それは王国なら王国の法律、別の国ならその別の国の法律で、ね」

「お前がゲーム内で犯罪かどうか気にするなんて珍しいな」

「私のことなんだと思ってんの?」

「逆に前科何犯あると思ってんだ」

「忘れた」

「忘れんな」


 なお、双葉にも前科があるにはあるのだが、響がやらかしすぎて無罪になっている。この二人組、基本的にすることが頭おかしいのだ。


「まぁ、まだレベル低いからね。今の私じゃどっかの霊能者に封印されて終わりよ」

「霊能者とかいんの?」

「さぁ、いるんじゃない? 幽霊レイスなんて種族があるくらいだし」

「確か、封印術師って職業ジョブはあった気がする。魂を封じることで動きを止めるとか何とか……。重犯罪者相手に使われてるんだっけ?」

「うへぇ、天敵じゃん。対策せねば……」

「俺も捕まったら厄介だろうなぁ。魂に直接干渉するとか反則チートだろ」

「ところがどっこい。システムに組み込まれた正式な職業ジョブでございます」

「世界が厳しい」


 半吸血鬼ハーフ・ヴァンパイアのそふかと幽霊レイスの八宝菜。互いに弱点が多すぎて、分かっていたことではあるが初期はその対応に追われそうだ。


「と、いうわけで。レッドネームになりたくはないが人間はぐちゃぐちゃにしたい。その二つの要望を叶えるために目を付けたのが、“追放者の村”ってところ」

「“追放者”?」

「そう。私たちがいた洞窟を抜けたところにある村。村って言ってもそこそこの人口でね、殺し甲斐がありそうだなぁって」

「“追放者”ってのは?」


 響の物騒な感想は無視して、双葉が問いかける。


「あぁ、それはね。ずっと北に行ったとこに、神皇国っていうのがあるんだけど。……そこ、典型的な人間至上主義国家なんよ」

「先の展開読めたわ」

「お察しの通り。そこで排斥された人外たちが、王国にも辿り着けずに行きつく場所です」

「未成年もできるゲームだよな???」

「せやで」

「世界厳しすぎねぇ???」

「だから私は好き」

「ドMか?」

「違う」


 ぽんぽんとリズムよく言葉を交わす二人。文芸部漫才の開祖たちは今日も元気である。


「てなわけで、“追放者の村”を焼こうと思う。一緒にどう?」

「遠慮しとくわ」

「そんなこと言わずに。魔物じゃなくても殺せばレベル上がるよ?」

「とりあえずついてく」

「いらっしゃい」


 そうして、響は同行者一名を伴って、村を焼くことが決定した。

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