第6話 呪いと使役、そしてレベル

「……つまり、この世界ではブラックホールを創ることさえ可能というわけだ。まぁ、今の段階では机上の空論。最低でも<熱魔法>で原子操作、最低でも分子操作くらいはできないとね。陽子の数も操れるようになりたいけど……それは錬金術の土俵だろう」

「もうやだこの理系……」


 洞窟内でのレベル上げ中、二人は雑談に興じていた。現在はそふかの“<熱魔法>及び人間の生活魔法でどのくらいのことができるのか?”というテーマで小一時間語り合っていた。なお、八宝菜は内容の半分も理解していない。


「君の“<詠唱改変>の意味、そしてこの世界における詠唱とは?”よりかはマシだと思うよ」

「なんでやー。わたしたちのやり方の違いは、世界を一枚の紙に見立てて、小説に加筆、修正をするか計算式を頭の中で思い浮かべて答えだけ書くかだって下りは面白かったでしょー?」

「その下りに辿り着くまで何時間かけたと思ってるんだ?」

「わたしが覚えてるとでも?」

「さーて、ようやく藁人形たちを使う時が来たか」

「やめて?」


 呪術に使う藁人形と五寸釘を取り出すそふか。それを見て、そういえば、と八宝菜は何かに気づいた。


「そふかってさっきから敵にデバフかけてるよね。あれって呪術?」

「そうだよ。正確には白呪術だけどね」

「白呪術……あー、防御的な呪術、だっけ?」

「この世界においては、呪具を使わないのが白呪術。使うのが黒呪術とされているようだけどね。白呪術では簡単なバフも可能だよ」

「類感呪術と感染呪術についてはどういう扱いなん?」

「ジェームズ・フレイザーか……。……その辺りはよく知らないなぁ」

「その<丑の刻参り>は呪う相手の髪とか血って要るの?」

「いや、要らないみたいだよ。<丑の刻参り>とは言っても、概念的な……それこそ形だけを真似たもののようだ」

「完璧に再現したらどうなるんだろ」

「そこら辺も実験してみたいね」

「同意」


 次の夜、街で買う物が決まったところで、サライヴァ・スウィフトゥリトゥが襲い掛かってくる。


「こいつら数多くね?」

えさには困らないだろうし、繁殖期で攻撃的になってるんじゃないかな」

「巣の光景、エグイことになってそう。……見てみたい」

「今のレベルじゃ、全方位から毒をかけられて終わりだと思うよ」


 そふかはサライヴァ・スウィフトゥリトゥ(以下、唾液燕)に麻痺、盲目とデバフを重ね掛けしていく。毒は唾液燕に効かないため、羽を切って、機動力を失わせてからのんびりと<吸血>する。MPを吸いつくした後、短剣でとどめを刺した。

 八宝菜は何故かなるべく唾液燕の肉体に損傷がないように戦っていた。普段ならばマジキチスマイルで羽をもぎ取っていくはずだが、熱でもあるのだろうか。


「具合でも悪いのかい?」

「え、何が?」

「君が頭蓋を握りつぶさず、はらわたを引き摺り出さず、眼球を抉り出さないなんて、天変地異の前触れか、精神に何らかの異常があるか、……はっ! まさか、入れ替わり!」

「わたしのことを何だと思ってるの???」

「グロが大好きすぎて食パン片手にグロ画像漁ってた鬼畜外道クズ下衆キチガイの僕の親友であり唯一の相棒」

「最後にデレておけばどうにかなるとでもありがとう」

「どうにかなった」


 そふかの貴重なデレを貰い、ご満悦の八宝菜は満面の笑みで自分のしていることの解説を始めた。ちょろすぎる。


「いやさ、こいつら使役しようかなって」

「そういえば、君は使役術師を取っていたね。……でも、何でサライヴァ・スウィフトゥリトゥなんだい?」

「よく噛まずに言えるな……。ほら、ツバメの巣って中華料理の高級食材じゃん。まぁ、この世界のは食えねーけど。んで、八宝菜も中華料理だし」

「中華料理の食材で使役獣を統一するつもり?」

「うんにゃ? ただ、最初は分かりやすい方が良いかなって」


 八宝菜が相手する唾液燕は二匹。いまだ抵抗する唾液燕に蹴りを入れる。吹っ飛び、壁に叩きつけられそうになるが、唾液燕の体をすり抜け、先回りして受け止める。

 もう一匹はすでに八宝菜に恭順してしまっているようで、八宝菜の体より少し大きい翼を畳み、こうべを垂れている。


「態々受け止める必要性は?」

「少しでも欠損部位あったら、HPポーションで治せないじゃん」

「なるほどね」


 確かに、先程から八宝菜は一度も魔法を使っていない。あくまで素手で戦っている。


「それに、情けをかけた方が“わたしが上でお前が下だ”ってこいつの脳髄に刻めるでしょ?」


 付け足すように、腹部を殴りつけながら意地の悪い笑みを浮かべ、告げる八宝菜。

 腹を守るように翼を交差させるが、その程度で衝撃は和らげられない。翼は使い物にならなくなり、地に墜ちた。


「あれ? 死んだ?」

「いや、少し動いているから生きているよ」

「そりゃ良かった」


 頭を垂れた個体と地に伏せている個体に使役陣をぺたりと貼る。羊皮紙が徐々に薄くなり、体に溶け込むように消えた。


「これでお前らはわたしの物だ。ちゃんと働けよ?」

「良し、いつもの野菜だね」

「失礼なって言おうと思ったけどその通りだった」


 使役した二匹にHPポーションをかける。八宝菜の方を見上げる二匹を見て、頭を垂れていた方をひょいと持ち上げた。


「あっ、こいつ雄か。んだよ、真っ先に戦線離脱しやがって。玉無しか?」

「言葉遣いが下品だよ」

「これが素なの」

「知ってる」


 もう片方も確認すると、雌だった。そこではたと気づく。


(……ん? そういや、こいつ。戦ってるとき、明らかに腹守ってたよな? よく見たら何か腹膨らんでるし……)


 雌が、腹を守る理由。繁殖期で攻撃的になっているというそふかの予想。それらがぐるぐると頭の中を巡り、そして八宝菜は、


「ふへっ」


 頬をだらしなく緩ませた。


「えっ、気持ち悪っ」

「ガチトーンで言わないで、傷つくから」


 いや、そうじゃなくて、と八宝菜は続ける。


「ちょっとこいつの腹の中に赤子がいる可能性が出てきて……もしかしたら殺したかもって考えたら興奮しちゃって」

「変態だね、死んだ方が良いと思うよ」

「だから辛辣! もー、一瞬じゃん。一瞬。ほら、ポーション飲んで。これ以上はわたしがマジキチ扱いされる」

「元々してるよ」

「手遅れだったか……」


 これでもし胎内の赤子が死んでいたら、そふかに冷ややかな目で見られることは必至だろう。購入していた中で一番高いポーションを飲ませた。


「今回はそういう感じなんだね」

「?」

「前回のは酷かっただろ? の君だったら、例え今赤子が死のうと捨て置いたはずだ」

「あぁ……。まぁその、流石にこの世界でをやるのはちょっと……」


 八宝菜の言うとは、とあるゲームでのプレイスタイルのことである。テイムモンスターに1,2,3,4と番号を付けていき、1~1000は特攻、1001~3000は守備、その他迎撃、などと大雑把に指示をしていく外道戦法である。他にも新しくテイムすることを“補充”と読んだり、敵前逃亡を図ろうとするモンスターを士気が下がるという理由で一斉処分したりと様々な伝説が残されている。なお、無駄に指示が上手いため、そのゲームではトップ帯に食い込んでいた。


 とあるゲームでの方針を思い出しつつ、治療する。妊娠して何日かも分からないので、帝王切開で無理矢理出産とかもできないのだ。HPポーションをがぶ飲みさせるしなかい。

 三本目のポーションを——職業ジョブ:魔王は<影魔法>も扱えるため——影から取り出しつつ、八宝菜は二匹の名前を考えていた。


(燕かー、どうしよ。んー、せっかく中華料理繋がりで使役したんだし、中国関連でいきたいよなー。中国かー、中国、中国。……中国妖怪? 鳥の妖怪の中でこいつらに合いそうなの。えーっと、あっ)


「こっちが陰諧で、そっちのは雲日」

「……今度は何?」

「こいつらの名前。雄が雲日で、雌が陰諧」

「君のことだから、何か元ネタがあるんだろ? 多分、中国の……神話か何か?」

「さっすが相棒。わたしのこと、良く分かってるー! まー、正確には妖怪なんだけどね!!

 中国妖怪でちんってのがいてね。雄と雌で呼ばれる名が違うの。そこからとったんだよ。まー、元ネタの方は燕じゃないんだけどね。そこはご愛嬌ってことで」

「へぇ、面白いね。ちなみに、どんな妖怪なんだい?」

「その言葉を待っていた!!! 鴆は、肉、骨、羽のみならず、全身に猛毒を持つ妖怪で、あんまりにも威力が強いもんだから、毒の代名詞にされたりしてるの!! 古来より中国の要人の暗殺にも使われたり、色々な噂、説話があって、文献とか見ると面白いよ!!! でも、もっと面白いのが、この妖怪が実在する動物なんじゃないかってね。それが——」

「——もしかして、“ピトフーイ”?」

「…………正解。わたしが言いたかったのに……。解せぬ……」

「そんな目に見えてテンションを下げないでほしいな。僕は君の笑顔が好きだよ」

「んなとびきりのイケメンスマイルでどうにかしようったってそうはいかねーかんな仕方ない許す」

「許された」


 相変わらずそふかに対してゲロ甘な八宝菜である。これが他の人間ならば一週間は根に持った。長い。


「まぁ、つまりあれだよ。その強い毒性が、毒の唾液を吐き捨てるサライヴァ以下略にぴったりじゃないかなってこと。

 ………………で、お前何してんの?」

「雲日と陰諧を撫でてる」

「それは見りゃ分かる」

「僕が鳥好きなのは知ってるだろ?」

「うん。前にふくろうの表紙のノートあげたら、めっちゃ喜んでたもんな」

「流石に敵対している魔物を撫で回すわけにはいかないけど、雲日と陰諧は君が使役したんだから、問題はないしね」

「許可は出してねーんだけどなー。いや、別にいいけど」

「ありがとう、愛してるよ」

「愛が軽いなぁ……。いや、この場合は重いのか?」


 むしろここで拒否したら殺される。今までの人生経験でそう判断した八宝菜は、撫で繰り回されて虚無の目になる雲日と陰諧から目を逸らし、自分のステータス確認に専念することにした。


(さーて、レベルは、っと……。おっ、大分上がってる)


 『FMB』におけるレベルは積み重ねた経験を数値化したものとされている。剣の素振りや、魔法の反復練習でもレベルが上がる。さらに、ジョブごとのボーナス経験値のようなものがある。

 例えば、ジョブが旅商人のプレイヤーがいたとしよう。そのプレイヤーが多くの人と会話し、商売人としてのコネや情報源を得る。そうすると、プレイヤー自身のレベルも上がるのだ。

 要するに、レベルを上げるには、経験を沢山すればいい。そふかのジョブは火魔法士と呪術師だが、八宝菜のジョブは魔王と使役術師である。魔王は便利なジョブだ。恐らく、ボーナス経験値が得られる範囲も広いだろうと、八宝菜は考察する。


 八宝菜は本気で最強を目指している。双葉と競争をしても、リアルでは大体響が負ける。しかし、ゲーム内での勝敗は五分五分。リアルでは「やっぱり双葉はすごい」で済むことも、ゲーム内では話が別である。


(この限りなく現実に近い世界で、負けるわけにゃいかんのよ)


 少なくとも、そふかより上のレベルをキープする。その八宝菜の決意は、さりげなく聞いたそふかの自分より高いレベルに砕かれることとなった。

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