第1部 1章 3

 リゼルの出身地オーレンドルフは頑迷さで知られるカーリッヒ候の所領にあり、そこで暮らす人々は労役や年貢に追われ貧しい生活を余儀なくされていた。


「未だにそんな所があるんですね」


「逆よミリア、ここみたいな自由な都市の方が珍しいの」


「ソノラの言う通り。生きる為に働くのではなく、働く為に生かされる。家畜のような扱いを受けてる人は今でもたくさんいるわ」


 それを変えようとしたのがリゼルの父ライナスだった。


 元々は一介の行商人でしかなかった彼は、旅の途中で出会った魔女ルヴィアとともにオーレンドルフ商会を立ち上げ一代で財を成すと、故郷に戻り都市の建設に乗り出した。


 二人の間にリゼルが生まれたのは都市の建設が軌道に乗った頃だった。


 新たに出来た都市は土地の名前からとってオーレンドリアと名付けられ、ライナスはその初代市長に選ばれる。少しずつ人が増え、仕事が生まれオーレンドリアは順調に発展していくかのように思えた。


「頭の固い偏屈なお貴族様には面白くなかったんでしょうね。父を失脚させる為に奴らは執拗に嫌がらせを仕掛けてたわ。私だって何度も誘拐されかけたんだから」


「誘拐!?」


「その度にお母様から習った魔法の練習台にさせてもらったけどね」


 ミリアの表情が一瞬強ばったのを見て、リゼルは安心させようと悪戯っぽく笑う。


「まぁ、良くある話よね」


 言葉とは対照的にソノラの声色は深刻さを帯びていた。


 新たに都市が建設される過程で、都市住民と既得権を持っていた地方貴族との間で諍いが起きるのは決して珍しい事ではない。


 こうした問題は、その都市と取引をしている他の都市や領主と縁戚関係にある貴族達の利害までもが複雑に絡みあう為、解決が非常に困難で長期化する傾向にある。


「それで思ったのよ。私が巫女になればあいつらも迂闊に手出しが出来なくなるんじゃないかって……」


 ウェスタの巫女が持つ権威は旧ロマリア時代より連面と続いてきた歴史に裏打ちされ、皇帝や七選定候をも優に凌ぐ程だ。

 ウェスタの巫女を輩出した家となると、もはや地方の一領主などでは手も足も出せない。

 リゼルの発想は突飛なようでいて理にかなっていた。


「それであのイレーヌって人を雇ったんですね。だけど裏切られた……」


「そう言うこと。カーリッヒが金で買収した上で賊をけしかけてきたのよ。自分達が候補者になろうとするわけでもなくただ私を妨害するだけなんて、如何にもあいつらが考えそうな事だわ」


 荒く息を吐き、リゼルは頭を抱える。


 皇帝が擁立した候補者に挑戦するには犯罪歴が無いことなど様々な条件があるが、何をおいても巫女候補とリクトルの二人一組でないといけない。

 早急にイレーヌに代わる人材をスカウトする必要があった。


「ねえルーファス、私のリクトルになってもらえないかしら?」


「へ?」


 声を出せない主人に変わって側仕えの少女が反応する。


「お願い! 今は手元に大したお金は残ってないけど報酬は必ず支払うわ!」


「そ、そんな急に言われても……」


「良いんじゃない?」


 どこか楽しそうにソノラが口を挟む。


「あたしはルーファスが腕試しをしたいって言うから引き受けただけだしさ。リゼルに譲っても構わないわよ」


「本当に!?」


「勿論、だってあんな話聞かされて放っておけるわけ無いじゃない」


 そして続けてルーファスとミリアに悪戯っぽい笑みを向ける。


「二人だって燃えるでしょ? 訳ありのお嬢様を守る為に剣を振るうだなんて、なんだか戯曲みたいじゃない」


「……そう言われたらそうだけど」


 満更でも無さそうな顔でミリアが呟いた。


 その時、カランコロンとベルが鳴り店のドアが開く。


「ただいま」


 入ってきたのは一人の女性だ。

 長い髪を編み込んで両サイドに分けて垂らしな髪型やメガネのせいで分かり辛いが顔立ちはソノラと似通っている。

 それもその筈。彼女、シンシア・バルテウスはこの店のもう一人の看板娘にしてソノラの双子の姉だ。


「あら、ミリアとルーファスも来てたのね。そちらの方は二人のお客さん?」


「そんなところ。姉さんこそ後の人は誰?」


「帰る途中で迷子を拾っちゃってね……」


 そう言って後ろを振り返ったシンシアの視線の先には、青の祭服を纏った巡回司祭の女が立っていた。


 こうして、リゼルとミリア、そしてマヌエラ三人の少女が出会い、一つの物語が始まっていく。

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