第3話epi.3

したたかなメイコが大好きだった。

舌足らずのかわいい声で俺を誘惑する、そのあからさまなあざとさに俺がわざと騙されてやることで俺たちの関係は良好さを保っている。

メイコは俺が騙されているふりををわかって、だましている。俺はそのことを知っていながら騙されたふりをしている。互いに事情を知りながら、それを思いやって一つたりとも追求せずに俺たちは支えあって小さく生きている。


メイコのことは何も知らない。

昔お嬢様だったような雰囲気は端々にあるけれど、あのアンバランスさを思えば生粋のというわけではなかろう。付け焼刃で覚えたのか、それとも自己防衛のためにお上品にならざるを得なかったのか。


俺はといえば飾ることもないけれど、悪ぶることもないから、メイコはすべてを知っているだろう。

俺が昔、大会社の社長の息子だと勘違いされ、いつの間にか少年院で前科が付き、その代償に育ての祖父母が自殺したことを。

俺の過去はヘビーだ。だから誰にも話すことができないし、知ってほしいとも思っていない。実際のところ、メイコにも詳しいことを話しているわけではない。メイコは不思議な女ですべてを話さなくても、話の端々から事実を吸い上げてまとめて自分の中で組み立てて正解を見つけてしまう。あの舌足らずなあざとさは、スパコンに匹敵する感情の計算力を隠すためのマスクのようなものなのだろう。


俺がメイコにすがったような目を狡猾にもむけると、甘美そうに俺をその胸に抱きよせる。私がいるよと言わんばかりのその行為に言葉を添えることはない。そういう奥ゆかしさはやはり育ちの良さを感じさせた。今までの女ではそうはいかなかった。あからさまな行為はいつも俺の心を凍てつかせた。何が目的だと測ることもなくだいたいわかるから、俺はお礼に遊んで捨ててやっていた。いつの間にか悪評がついた。それでも俺はその作業をやめることはなかった。

悪評は土地にはびこるもので、組織にはびこるものだから、俺はある程度汚染されたらその土地を離れ、別の組織に所属した。


おかげで資格はいろいろ持っている。難しいと言われている士業もいくつも持っている。明日の飯と寝床かかっている、難しいなんて戯言は言っていられない。


俺とメイコが出会ったのは、サービス業に従事していたときだった。グレーに近い性接待の店で、メイコが来たときは本当に驚いた。言葉ではおよそ表現できない危うさがあった。それなのに、話してみれば笑顔のかわいい女だった。でもほの暗さが消えることはなく、今の今まで俺はそのほの暗さの正体を正確には知らない。隠していても、知ってほしいそぶりも見せない。そのくせ、俺の秘密はするすると引っ張り出してくるから困ったものだ。俺はそうやっていつの間にかメイコにのめりこんでいた。


おかげで、この土地にはもう3年もいる。すごいことだ。

もしも、この土地とこの仕事を辞めるときが来るときは死ぬときだろう。そのくらい俺はメイコにのめりこんでいる。

俺が一番恐れていた事態にメイコは引きずり込んだのだ。

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