2.咲いたら


 春休みが終わって、私は新しい学校に通うことになった。クラス替えがあったから、みんなの自己紹介はあったけど、転校生のあいさつをしなくてホッとした。前の席の子が話しかけてくれて、嬉しかった。でも、お母さんが迎えにきたら、また転校するのかな? 


 あったかくなって桜のつぼみがピンクになるとドキドキした。今年は桜の開花が早いってニュースで言ってた。迎えにくるのも早くなるかな?


「もうすぐ咲くね」


 ショーコちゃんがニヤニヤして言う。なんで、こんな嫌なことするんだろ。


 毎日ドキドキして過ごした。ニュースで二分咲き、五分咲き、と言ってる。施設の門の桜もだんだん花がひらいてきた。学校に行ってるあいだにお母さんがきてたら困るから毎日、走って帰ったけど、きてることはなかった。


 天気のいい、あったかい日が続いて桜は少しずつ散っていく。キレイな薄いピンクの花びらが地面のあちこちに散らばっているのを見ると、約束の時間が私を通り過ぎて消えてしまうようで怖かった。

 でも、今年は開花が早いって言ってたから、お母さんが間に合わないのかもしれない。先生に聞いたら、いつもより一週間くらい早いって言った。だから、きっと、間に合わなかっただけ。

 ショーコちゃんと目が合って、また言われると思ったら、プイっとどこかに行っちゃった。もう、言わなくなったのかな? 


 桜の花はぜんぶ散って、一週間たって、もう一週間もすぎて、ずっとたつと、桜の木は緑の葉っぱだらけになった。

 お母さんは迎えにこなかった。来年のことだったのかもしれない。ショーコちゃんは私を見てもニヤニヤ笑わなくなった代わりに、気まずそうに目をそらす。カナちゃんに『来年のことだったかも』と言ったら、『そうだね』と寂しそうに答えてくれた。


 昼間は我慢できたけど、夜、ふとんに入ったら悲しくてたまらない。涙が勝手に出てくるから、ギュッと目をつぶって体を縮めた。

 なんで? なんで?

 それ以外は考えないようにした。怖くて。悪いことを考えたら、本当になってしまいそうで。


 授業参観は親がこない子が私以外にもいて、ホッとした。ゲームを持ってない子も、自転車がない子も、お父さんがいない子も、お母さんがいない子もいた。全部持ってる子もいたけど、何かを持ってない子も何人もいた。私は何も持ってない。私だけじゃない、施設のたいていの子は何も持ってないとわかったのは、冬休みが終わるころ。


 自分の家に戻った子も、新しくきた子も、泊まりに行って帰ってきた子も、誰もこない子もいた。私と同じ部屋の子は誰も面会にこなかった。カナちゃんには、たまに手紙がきてるみたいだったけど。


 私に手紙がこないのは、お母さんが手紙を出さないから。もう迎えにはこないかもしれない。でも、きてくれるかもしれない。手紙も出さないのにくるわけない。でも、もしかしたらくるかも。



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