3.大人になった


 また春がきて、桜のつぼみが膨らんだ。私は毎日ドキドキしながら過ごし、毎日、走って帰って、丸まって眠った。

 また、散ってしまう。風が吹くたびに怖かった。雨が降るたびに怖かった。毎日、怖かった。

 桜の木を見ないようにしても、地面に散らばった花びらが見えてしまう。つぼみがふくらんで花がひらいても、誰も迎えにこないことを地面に落ちて汚れた花びらが教えてくれた。


 ショーコちゃんはカナちゃんに、聞く。いつ迎えにくるの? って。私には聞かない。花が散ってから聞かなくなった。


「なんで私に聞かないの?」

「……私の勝手でしょ」

「意味ないから?」

「うるさいな」


 部屋から出て行ったショーコちゃんは、怒ってるのに泣きそうだった。いつも喋らないサオリちゃんが静かな声で教えてくれる。


「ショーコに迎えはこないから。約束やぶられたの」


 そうなんだ。手紙もきたことないもんね。私もだけど。私も約束やぶられたから聞かないの? もう迎えにこないって、ショーコちゃんはわかってるんだ。私はわかってなかったけど、ショーコちゃんはわかってた。自分と同じだって。


 もう我慢できなかった。涙が出てきて止まらない。もう決まっちゃった。迎えにこないんだ。去年もこなかった。今年もこなかった。桜は散って葉っぱだらけになった。これからもずっと、ずっとこない。手紙だってきてない。迎えにはこない。お母さんは嘘をついた。私を捨てた。


 二段ベッドの上で、私の場所で、泣いた。布団に隠れて消えてしまいたかった。


 次の日から熱を出して、学校を少し休んだ。夏休みになったら、カナちゃんにお迎えがきて、施設を出て行った。すごく嬉しそうなカナちゃんは、私とショーコちゃんに気まずそうな顔をした。元気でね、って言っていなくなった。私達の部屋は3人になって、誰も喋らない静かな部屋になった。

 なんとなく、何も喋らないサオリちゃんに、約束をやぶられたのか聞いてみた。


「違う、逃げてきたんだもん」

「逃げた?」

「そう。迎えになんてこられたくない。聞かないで」

「……ごめんね」


 施設にくる子の中にケガだらけの子がたまにいるから、サオリちゃんもそうだったのかもしれないなと思った。嘘ついて捨てられるのと、逃げるくらいケガをするのと、どっちが嫌だろ。どっちも嫌だってことしかわかんない。


 新しい子が来て、また4人部屋になった。また花が咲いて、散った。そうして毎年すぎていく。

 私は春がくるたび苦しかった。いつもは思い出さないようにしていることを、思い出してしまうから。道路にも公園にも学校にも桜は植えられてて、春がくるたびキレイな花を咲かせて嘘の約束を思い出させた。散った花びらは私が捨てられたことの証拠だった。


 これは呪い。私にかけられた呪い。


 私は進学しないで就職をした。施設の子はほとんどそうしたし、学校の女の子のほとんどもそうだった。大学が自分と関係あるようには思えない、地方の静かな町。

 就職して何年も経ち、春の憂鬱をやり過ごせるようになったころ、施設の先生から電話があった。久しぶりとあいさつしたあと、言い辛そうに言葉を続ける。


「あなたと話がしたいっていう人がいるの。驚くと思うのだけど、あなたのお母さんのご家族」

「……え? ……何の用ですか?」

「落ち着いて聞いてね。お母さんが余命宣告されたそうで、あなたのことを気にしているから、最後に会ってほしいってことなの」


 よめいせんこく、きにしてる、さいご、会う? お母さんと私が? なんで? 最後だから。よめい、余命。死ぬの? 気にしてる? 私を? 捨てたのに?


「――――ちゃん、マイちゃん!」

「あ、はい」

「びっくりするわよね。すぐに返事はできないって説明したら、一週間後に返事聞かせてくださいって言ってらしたから、ゆっくり考えてみてね」

「……はい」

「ご家族のかたもマイちゃんに会いたいんですって。もし会うなら施設に来てもらっても良いから、それも考えておいてね」

「はい」


 電話を切ったあと、お礼を言ったかどうか思い出せない。


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