第9話 夢を見る木

「さいごに、その都市の人々の生死に纏わる思想をお話しいたしましょう。彼らはこの世界を「夢に見ている」と考えております。彼らにとって、生まれることは夢を見ることであり、死ぬことは夢から醒めることでございます。「私たちは生のはじまりを覚えていない。それは夢も同じである。終わりははっきりしているが、はじまりは分からない。だからこの世は夢なのだ」と彼らは言います。そして、彼らは夢を見ている自分たちの本体を一本の樹木だと信じております。つまり、木が夢を見ている束の間の時間が人の生であると考えているのです。この思想は、これまで見てきた「宿り木」にいのちを託す風習や、「肉体が死ぬとやがて木になる」という透明な孔雀に纏わる思想の根底を成すものでございます」


「彼らの夢に対する認識は大変興味深いものがございます。その都市の人々は、生まれてから死ぬまでのすべての記憶はあらかじめ備わっていると考えております。一生の記憶、すなわち一生の時間を、脳が順序だててつないでいるというわけです。たとえば、脳に重大な障害のある人間は時間感覚を持たないと良く言われます。脳に障害のない人でも、夢中になった時間が短く、退屈な時間が長く感じられるというのはよくあることでしょう。すなわち、時間の流れはすべて人間の脳がコントロールしているのでございます。そして、その時間の整序を破るのが「夢見る」という行為であります。夢を見ている最中は、時間を司る脳の働きが大幅に低下しますから、過去・現在・未来のあらゆる記憶が次々と立ち現れます。そのため、夢の中では時間も場所も自由に行き来することができるのです。いわゆる「デジャヴ」の正体も、この「夢見る」という行為によって引き起こされる現象なのでございます。その都市の人々は、大樹となって根を伸ばす夢や、手足に生えた豊かな葉が風にそよぐ夢をしばしば見るそうです。そうした夢は、彼ら自身が樹木であるという認識をより一層強く根拠付けるのでございます」

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