第7話 気まぐれな関係

「自然に対して開かれた感覚を持つ人々ですから、その都市の人々にはこちらの世界のような貞操観念はございません。草花が受粉の相手を選別することがないように、その都市の人間関係は限りなく開かれております。たとえば、その都市の人々には「結婚」や「付き合う」という観念はございません。ただ一緒にいたい人といる。一緒に住みたい人と住む。その延長で、口付をしたい人と口付をする、愛咬も性交も同様です。そして離れたくなったら離れる。ただそれだけなのでございます。もちろんそれらはすべて双方の合意感覚のもとに行われております。すなわち、その都市には人と人との関係における「所有」の概念が存在しないのでございます。とすれば自然、そうした行為に「ためらい」や「罪悪感」が生じるはずもございません。こちらの人々が「結婚」や「付き合う」という「人間関係における所有」を常識だと信じ込んでいるのと同様に、その都市の人々はみな「人間関係に所有はない」と信じ込んでいるのでございます」


「その都市では、人間同士の諍いも滅多に起こりません。それは彼らが草木との間に関係の実質を築いているからでございます。自然の大いなる力を前にすると、人間の意思や力というものは吹けば飛ぶ塵のようなものです。人間の歴史は自然に翻弄されてきた歴史といっても言い過ぎではないでしょう。自然に対する開かれた感覚、優しさと厳しさの入り混じった畏敬の念、その延長線上に人間関係があるのです。ですから、彼らには目の前の相手を自分の思い通りにしてやろうなどという傲慢な考えはございません。ただそこに存在するものとして、理解しようとしてもしきれないものとして、時に優しく時に厳しく色を変化する気まぐれなものとして、彼らは生きとし生けるあらゆるものとの間に関係を築くのでございます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る