第6話 透明な孔雀

「さて、次にお話しするのは、その都市の信仰についてでございます。もうここまで話を聞いてきたあなた様ならば難なく飲み込めるでしょうが、その都市の上空には巨大な透明の孔雀が飛んでおります。その孔雀は翼から尾の先まで全身が透明ですから、都市の住人たちは視覚で捉えることができません。けれども彼らはみな、透明の孔雀が確かに上空を飛んでいることを感じているのです。ではなぜその孔雀が信仰の対象なのでしょうか。その孔雀が大地に落とす真っ黒な糞は、やがて芽を出し木になり森をつくります。森は生命の源であり、彼らのいのちである「宿り木」を育みますから、みなその透明な孔雀を崇めるようになったというわけなのでございます」


「その都市では、未開の部族によく見られるような生贄の風習が今も続けられております。しかし、他の部族の儀式とひとつだけ違うのは、生贄の対象が若い女性ではなく、齢70を過ぎた老人たちであるという点でございます。都市の北東の山岳地帯に「色風の谷」と呼ばれる切り立った深い谷がございます。透明な孔雀はその谷の奥底に住んでいる言い伝えられております。その谷では、びゅうびゅうと吹き荒む風がその名の通り淡い色彩を有しております。普段は緑や青といった落ち着いた色の風が吹いておりますが、稀に深い赤色の風が吹くことがございます。その都市では何千年も前から「赤い風はそれぞれの場を決め、海、空、陸を荒立てる」と言い伝えられておりますから、風が含む怒気を鎮めるために、齢70を迎えた老人たちが底の見えない谷底へと一斉に身を投げるのでございます。不思議なことに、身を投げると赤色の風はたちまち熱を失い、再び緑や青の風が吹き始めるということなのです」


「こちらの世界では「野蛮」とされる生贄の風習ですが、彼らにとってはごく自然の営みでございます。それは、死に対する恐怖よりも、自らが透明な孔雀のエサとなり、やがて森になること、すなわち自然に還り自然と一体になる歓びの方が勝るからでございます。透明な孔雀は、未熟さよりも熟しきった精神や肉体を好むそうです。十分に生きた人間が森へ還ることは、木枯らしが吹いて葉が土へ還るのと同じように自然なことであると彼らは申しておりました」

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