第5話 曲線の街角

「続いて、肝心の都市の見姿をお話しいたしましょう。その都市には「直線」というものが一切ございません。あらゆるものが曲線によってのみ成り立っております。私の目には、その都市はあるときは雲のように、またあるときは雫のようにも映りました。彼らの曲線へのこだわりは、どうやら都市をできるだけ自然に近づけるための手段であるようなのです。どういうことかと申しますと、自然の世界には本来「直線」というものは存在いたしません。葉も雫も雲も月も、すべての自然物は曲線によって成り立っております。その理屈を採用すると、人工の「直線」は自然とは相容れないということになりますから、都市から一切の直線を排除するに至ったそうなのでございます。あなた様には、曲線によってのみ成り立つその都市の見姿を想像することができますでしょうか。それはたいそう不思議な光景であり、けれども妙な懐かしさを誘う居心地の良い空間でもございました」


「ただ、一つの思想が生まれることは、同時に相反する思想をも生み出すものです。都市の西側には「まどろみの森」と呼ばれる深い霧に覆われた巨大な森が広がっております。その森には、かつて都市で暮らしていた人々の末裔が暮らしております。彼らは都市の住人たちと考えが反り合わず、争いを避けるために数百年前からその森に住み着いているのです。彼らの主張はこうです。「曲線を取り入れたところで、結局のところ都市が人工物であることを免れることはできない。だから都市に住みながら自然を取り入れることは自己満足に過ぎない」と。こうした「都市と自然」すなわち「曲線を取り入れた人工物は自然に近づくか」という命題は、もう三千年もの間、果てしない議論が繰り返されているのでございます」

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