第34話 米と麦

 ガーシュから聞いた事に出来ないので、私は裏を取るべく財務部と管理部に顔を出した。


 1ヶ月の通常業務の遅れを取り戻す為に、3勤交代で働いてもらっている。それも今だけだが、その分手当は弾んでいるし、体調が悪い人にはすぐ休んでもらった。休みも交代交代で普段より多めに取ってもらっている。生活時間が狂うと疲れも溜まりやすい。


 今は大きな山場だが、彼らは貴重な人材だ。山場を乗り越えれば、更に頼もしい人材になる。この作業を人任せにしてはいけない、今後に関わる仕事だから、効率が良くなるやり方は総務部にあげてもらって検討して採用している。


 そんな忙しい彼らに時間を取らせるのも憚られたものの、責正爵も急務だ。新しい仕組みを浸透させるのは時間がかかる。


 私とアグリア殿下の結婚を機会に、責正爵を少しずつ広めていきたい。その為にも、早く仕組みを作り上げて、……バルク卿に最初に爵位を受けてもらおうか。


 そんな訳で猫の手も借りたそうな財務部と管理部にお邪魔をしたのだが、予想以上に歓迎された。


 紙とペンの普及できっちり片付き、見やすくなった資料を元に、通常業務が捗っているらしい。


 もっとゲッソリしているんじゃないかと思ったが、今の三勤交代でも休みは取りやすいし体調不良ならば休めるというのは好評だったようだ。


 今までの木簡ベースの資料では、誰が何を持っていて担当しているのか、休むと分からなくなっていたらしい。紙にしてまとめる様になってからは、誰が書いても同じ書式だし、地方からも紙で何処の何が上がってくるか分かるので、人が多少欠けても仕事が進むそうだ。


 が、忙しいのは忙しいと見ていれば分かるので、ここ数年の麦と米の産出量と、輸出入や国内消費についてのお金の動きが分かる資料を見せてもらった。


(すごい……! ガーシュの言った通りだわ、アレルギー以降も麦の産出量は変わらないし、逆にそれまで価値が薄かった米の国内消費が増えて、お金の動きは同じくらい……!)


 輸出分が値上がりしているわけでは無いが、麦が外に出ていく分量が劇的に増えた。二毛作に耐えられる穀物だから、多少米の田んぼを増やしても産出量は減っていない。


 逆に、米にアレルギーを起こす人は今のところ出ていないようだ。元から食べていた文化もあったからか、麦をやめて米だけにする人が増えて国内での米の価値が少しだけ上がり、育てる量が増えている。


 穀倉地帯を持つこの国の人にとって、麦と米の価値が同じで、かつ、用途が違う事は一目で分かる。


 農民も商人も関係なくだ。役人はもちろん理解している事だし、このシンボルと天秤はいい。


 夫婦でも、雇用主と働き手でも、どちらが欠けても関係は成り立たない。上と下ではない、契約に基づく関係。いえ、雇用側は上になるかもしれないけれど、何も奴隷になるわけじゃない。


 納得して働き、納得して辞める。納得して結婚し、納得して離婚する。


 他にもあらゆる国内の契約に、この爵位を持つ人が関わってくれれば……そして、読み書きができない人もこの責正爵を信じてくれる様になれば。


「ありがとう! お邪魔したわ、また今度手伝いにくるわね」


 私はお礼を言ってそれぞれの部署を後にした。


 米と麦。それを量る天秤。この国の人にとって一番親しみ深いものを、シンボルにする。


 この国にきてよかった。私は頭でっかちだから、こうして他人の言う事を素直に聞ける環境にきて、よかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生贄第二皇女の困惑〜敵国に人質として嫁いだら不思議と大歓迎されています〜 真波潜 @siila

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ