第32話 責正爵位書

 次の日からバルト卿と殿下とたびたび時間を作って、責正爵位書についての草案を詰めていった。


 どうしてもはずせなかったのが、最初の1ページ目。これだけは変更して欲しくないし、必ずここにあってほしいとお願いした。


 『1.責任をもって契約を取り仕切ること』


 『2.正しく法を遵守すること』


 『3.人と人のつながりを大事にすること』


 これは、最低限責正爵になる人が守るべき事項であり、いつも心に刻んで居て欲しい事であり、最も重要な責正爵の役割だ。これは、本を開き、中表紙を開いて、この3行だけのページを作る。


 そして、下にサインする欄を。この本をもって勉強し、爵位を授かったら、ここにサインをした後に玉璽とはいかないが、国からの保証の印を押す。


 この本自体が資格を得る為の参考書であり、資格を得たら免許証になる。偽造できないような複雑な印章にしたい所だ。


「爵位を授かると、それぞれ貴族には印章が与えられます。責正爵の印章を作ればいいのではないでしょうか?」


「そうですね……、アグリア殿下、どう思いますか?」


「私も賛成だよ。いろんな人が持つことになるし、印章そのものは与えられないけど、本に押す為の新しい印章を作って爵位の証明にするんだよね。責正爵に相応しいのは何かな。公平さとか、責任感とか、そういうものを表すもの」


 私は暫く考えてみた。爵位を得る人は読み書きができるが、できない人でも契約を結ぶための責正爵だ。ぱっと見て、誰もがその意味をなんとなくイメージできる……。


「この国では、天秤……秤はよく使われていますか?」


「あぁ、もちろんだよ。農作物のやり取りが多いからね。米と麦を同じ量交換したりと、大きなものから、金銭のやり取りにも使われるね」


「そうですね。肉をどのくらい欲しいかを、規定の重さのおもりと一緒に天秤を使って、それで売ったりしていますね」


「どこの集落にもあるんじゃないかな? 便利だしね、生活に馴染んでいる」


「では、天秤にしましょう。つり合いのとれた契約を結ぶ、または、契約の破棄に正当さがある、そういう事を直感的に分かってもらうには、つり合いのとれた天秤の図案がいいと思います」


 私の提案に、あまりに日常的に使うものだからか、バルク卿とアグリア殿下は顔を見合わせた。


 二人の間でいくつか言葉が交わされる。分かりやすさ、親しみやすさは必要だが、天秤は安く見られるのではないか、という話だった。


 私も聞きながら考える。たしかに、余りに身近にある物だと安く感じるかもしれない。なにか、天秤に説得力を持たせることはできないか。これもまた難しい問題だ。何か乗っている天秤では、あくまで責正爵は天秤なのであり、契約自体はお互いの感じる利益、不利益を乗せて決めるもの、という印象からずれてしまう。


「この話はここまでにしましょう。印章については、本の表紙などにも入れて、朱肉で押されたものが証書としての役割を持つという事で。他の点は詰められましたので、一度文官に下ろしてみます。まとめて、必要な部分があれば別途書き出しておくようにと」


「バルク卿、お願いします。アグリア殿下もお時間ありがとうございました。印章については、私もちょっと考えておきますね」


「あぁ、お疲れ様。まだ疲れが抜けきっていないだろう? 今日はもう夕飯まで部屋で休んで。これからまた忙しくなるからね」


「う、はい。わかりました……ありがとうございます」


 気遣われていることは素直に嬉しいが、ちょっと殿下は過保護な気もする。でも、大事にされていると思うと胸がぎゅっと、嫌じゃなく苦しくなった。


 そんな私の頭を撫でて、殿下は私の退室を促した。まだバルク卿と話があるのだろう。私は二人に挨拶をして部屋に戻った。


 それにしても、天秤が普及しすぎているからかえって安っぽく見える……という感覚は私には無かった。


 何か、いいアイディアは無いものだろうか、と部屋に戻る間もずっと考え続けた。

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