第28話 1日の休養
「という訳で、草案です!」
高さ3センチにもなろうかという紙束を置いたら、バルク卿が露骨に苦笑いをした。
「お尋ねしますが……『どこからどこまで』の草案ですか?」
「考えうる最初から最後までの草案ですね!」
私は楽しくなってしまって、今回は寝る前にも仕事をしてしまった。お陰で3日後には草案をあげることができたが、目の下のクマは化粧をしてもうっすらと見えているらしい。
「分かりました、目を通して殿下にもお見せしておきます。……だから、今日は一日休暇を取ってください。我々も少々クレア様に頼りすぎました。——今日は自室から出ないように、食事も手配させます。連れて行ってくれ」
「え、あ、でも、意見交換が……」
「読んでから、しましょう。時間を要します。とにかく、今日は部屋で休養です」
バルク卿の強制によって、私はグェンナに引きずられるようにして部屋に連れて行かれた。
そんなぁ〜! と、手を伸ばすも総務部の扉は文官によって閉められ遠のいていく。
話したいことはいっぱいあったけれど、もしかしてこれは余り寝てないせいかもしれない、と思うと、途端に元気が無くなった。
バルク卿の仕事の範囲は私が定めた。当然、どれだけ忙しいかは頭の中にある。なのに、私が仕事に割り込んで無理に邪魔してしまうのは良くない。
あれは私を気遣ってくれた部分もあるだろうけど、バルク卿の予定も無視してしまっていた。こういう所が、本当に気が利かなくて、淑女教育の敗北を実感する。
落ち込んだ私を見て、グェンナが部屋の中でミルクティーを淹れてくれる。
「クレア様、何か食べたいものはありませんか?」
「食べたいもの……?」
「そうです。祖国とこちらでは食べ物も違いますでしょう? たまには私や厨房が、クレア様の好物をご用意したいなと思いまして」
できる限りですけど、と申し訳なさそうに付け加えたグェンナに、私は真剣に考えた。
元々そんなに食に興味がないことと、何を食べても美味しい舌と、丈夫な胃腸のおかげで今まで考えたことが無い題材だ。
クッションを抱えてソファに行儀悪く背中を預けると、うーん、と唸りながら考え込む。
難しい……ご飯は正直、こちらの米食の方が好き。堅苦しいマナーやコース料理を毎日食べていた時より、時々大皿や鍋ごと持ってこられては取り分けられて食べる食事は、何よりも温かい気持ちになって楽しい。
お菓子の類もこちらのお菓子も美味しくて好き。お茶請けとして出されるお菓子は、紅茶によく合っている。
「あ……」
「何か思いつかれました?」
「えぇ、でも……難しいかしら。あの……私、プリンが食べたいの」
「プリン……、厨房の者に聞いてみますね。入植時の帝国の子孫の方もいるので」
「レ、レシピは知ってるの! あの、私、料理は全然できなくて……、今書くから、その通りに作ってみてくれる?」
「レシピをご存知ならお安い御用ですよ。お願いします」
私は机で紙にレシピを書き出して、グェンナに渡した。今日はメリッサはお休みだ。
「いいですか、部屋から出てはいけませんよ。寝ててもいいですからね」
「はぁい」
母親のような口調に笑って一人の部屋に取り残される。
窓の外はいい天気だ。ここは温かい国だが、少し風を入れようと窓を開ける。
私の部屋は2階にある。目の前には大きな木の枝が張り出していて、程よく陽射しを遮っている。
その木の枝の上に、一人の男性が座っていて、目が合った。
「やべ。お嬢さん、悪いけど俺がここにいた事内緒にしてくれる?」
「え、えぇ、わかったわ」
「ありがとう。行くわ。俺はガーシュ。またな、お嬢さん」
齧っていた果物を片手に、ガーシュと名乗った褐色の肌の青年は、猿のように器用に枝を渡って木を降りて行った。
「…………誰?」
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