第29話 褐色の肌

 私は暫くポカンとしてしまった。


 この部屋は私が来る前は空き部屋だったろうし、私のためにフェイトナム風の仕上げにしてある。


 お陰で居心地よく過ごせているし、私は外に出たり1階の業務部にも顔を出すので部屋は2階でちょうどよかったが、窓の外に男性がいる環境、は少々まずいかもしれない。


 ガーシュと名乗っていった青年は、褐色の肌に一部を編み込んだ黒くて長い髪をしていた。王宮では見た事がない民族的な織物の袖のない服を着ていて、身軽。


 名前を名乗って内緒にしてくれ、と言うことは、名前を内緒にすればいいのだろう。褐色の肌の人が外を歩いていた、とでも言えばグェンナが教えてくれるかもしれない。


「クレア様、失礼します。夕飯にはお出しできそうですよ、プリン」


「グェンナ、本当? ありがとう! 厨房の人たちにも後でお礼を伝えておいて」


 私はプリンが食べられると聞いて、自分でも驚くほど喜んでいた。なんだかんだ祖国の味は祖国の味で恋しかったのかもしれない。


「あ、ねぇ、さっき外の庭を褐色の肌の子が歩いて居たんだけど……バルク卿は日焼けだけど、もっとこう、地黒というか」


「あぁ、城の下働きに最近入った子ですね。間者をフェイトナム帝国に返す時に、商人から借りて雇い入れたうちの一人です。養蚕を行なっている国の子ですよ」


「そうだったの。こちらの国の人の髪色は黒はあまり見かけないから、褐色に長い黒髪で驚いたの。遠目だったけど服装も変わっていたし」


 グェンナは笑って頷いた。


「そうなんです、彼らは10年契約でこちらに来ているので。希望すれば永住権も与えられますが、小国だからでしょうか、民族の帰属意識が高いんですよ。下働きなので服装は好きにしていいんですけどね」


「知らなかったわ……、養蚕のことももっと勉強しないとね。この国は大きいから、うまくいけばかなり普及するわ」


「えぇ。まだ定着するには時間がかかりますから輸入ですが……クレア様のウェディングドレスは、練絹で作るんですよ」


 私はまた驚いて目を見開いた。


 最高級品の練絹のウェディングドレス……?


 献上品で染められた物が一反あがってきたのを見た事がある。お父様の服に仕立てると言っていたそれは、美しい光沢のある生地で、少しだけ触らせて貰ったがあまりに滑らかな感触に驚いた物だ。


 それを、ウェディングドレスとして私が着る……。


 フェイトナム帝国にいた間、私を着飾ろうとする人は誰もいなかった。


 恥ずかしくないように。見た目だけでも。多少は見られるように。そう言われ続けてきた。


「きっとクレア様にとても似合いますよ。もちろん、豪奢な刺繍も職人の手によって施されますが、私も一針刺しますので。クレア様の幸せを願って」


「? それは、慣習?」


「はい。親しい人のウェディングドレスに、一針刺して想いを刻むのです。クレア様が幸せでありますようにと、……私、親しいですよね?」


「もちろんよ! とっても嬉しいわ。ふふ、……あら、なんだか……興奮しすぎたのかしら、目眩が……」


 視界がぐるぐるとまわりはじめた。


 グェンナが慌てて駆け寄り、私を支えてベッドに連れて行くと、服を緩めてくれる。


「最近は夜更かしでしたからね。よく寝てください。風が気持ちいいので窓は開けておきますね」


「えぇ、ありがとう……おやすみなさい」


「はい、おやすみなさいませ」


 私の意識はフカフカの枕の上に、すーっと落ちていった。

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