第20話 そして、会談の日

「無理な要請を出した事、心よりお詫び申し上げる。バラトニア国王」


「こちらも戦後処理で中々式まで手が回らず、要らぬ心配をおかけもうした。この通りクレア殿は我が息子のアグリアと順調に愛を育み、国のために献身してくれている。素晴らしい王女を嫁にいただけて感謝の念にたえませんぞ、フェイトナム皇帝」


 表向きは穏やかな挨拶から始まったが、これを私なりに翻訳すると『戦したばっかりなのにまた戦とか言っちゃったのは、頭のいい使えるクレアを返して欲しかったからなんだ。でも、脅してきたし返してくれないなら、せめて殺させてくれたらもう少しこちらの国も他の面で譲歩するし別の王女も渡すよ?』に対して『戦したばっかりで国力が衰えてるのはお互い様じゃろが、そっちと違って属国も無いから時間かかって当たり前だろ、あとクレアはそっちが寄越したんだからもうこっちのもんだ返さないし殺させもしないぞ』という、なんともにこやかな挨拶です。


 王侯貴族ってこういうものなのよね……私、遠回しな物言いにしようとすると固まってしまうので、本当に淑女教育の敗北だと思う。混ざれないもの。


 お父様の隣には予想通り着飾ったリリアがいて、金の髪をゆるく巻いて編み上げ、ルビーの瞳で私の隣のアグリア殿下に微笑みかけている。


 アグリア殿下はなるべく目を合わせないようにしながら、時折私に視線を向けて微笑んでくれるので……あ、リリア、微笑みが引き攣ってるわよ。


 しかも私の反対側の隣には見た目は理知的なジュリアス殿下がいて、後ろにはバルク卿がいて、あらリリア、目移りしてるわよ。


 リリアは私のことなど何も見ていないので、私はリリアを観察することができた。陛下たちの舌戦はさっそく始まっていたが、さすがに実の親に挨拶しないわけにもいかない。


「お久しぶりでございます。フェイトナム皇帝陛下におかれましてはご健勝のほど、何よりです」


「うむ……其方が元気でやっているようで何よりだ」


「リリアも、久しぶりね。あなたも元気そうでよかったわ」


「お姉様は少しお痩せになりました? 食べ物が合わずにご苦労なさっているんじゃないかしら」


 リリア、それは『今から食べ物に毒を仕込む支度はもうできてるのよ』と言ってるのくらい、ここの皆さんは分かるわよ、と困った顔で見つめる。


 お父様(祖国の父)も顔がやや引き攣っている。リリアは相当鬱憤が溜まっているようだ。これはハメがいがある。


 今は応接間の一つでこうしてお話しているが、フェイトナム側は護衛は10人、全て武官で揃えてきた。


 私が一人になればいい餌食だろう。ただ、こちらもバルク卿とジュリアス殿下、そしてアグリア殿下も帯剣している。王侯貴族の帯剣は正装の面もあるので許されるが、護衛は2人を除いて武装解除されている。貴族は2人、あとは腕っ節で選んだのだろう。


 さて、夕飯の席で毒を呷る前に、中和剤を飲んでおかないと。


 私が呷るのは致死量ではないけれど、フェイトナム側でも毒を盛る算段があるようだし。私が飲むのは息苦しくなってとても手足が痛くなる毒だから、予め中和剤は飲んでおく予定だったけど……リリア、こんな場で男漁りをしながら、時々私の方がいい待遇をされている事を羨む顔、隠せないのかな?


 私、こんな馬鹿な子に馬鹿にされていたのね。そう思いながら、紅茶に蜂蜜を入れる際に、袖に隠した中和剤をそっとカップに注いだ。


 ミルクティー、すっかり好物になっちゃった。

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