第16話 人質と脅迫

 3日考えた。


 もう王宮の部署は正常に回り始めている。総務部はバルク卿が頭となって、優秀な人材を揃えたという。


 だから、私はそちらには顔を出さず、部屋であらゆる事をシミュレーションしていた。


 この返答を返したらどう返ってくるか、こういう返事ならどう出てくるか。


 3日考えに考えて、私は一つの結論を出した。


 再度同じ面子でサロンに集まった時、私は薄笑いを浮かべていた。


 お父様、あなたは私をみくびりすぎました。女としての物差しでばかり私を測り、人間としての私の価値を評価していなかった。関心もなかった。


 3日考えて、その間にこの国に来てからの事を思い出し、私は私が武器になる事をしっかりと認識した。


「して、クレア……妙案は浮かんだろうか」


「えぇ、お義父様。私、自分を人質にしようと思います」


「?! な、何を言っている?!」


「クレア?!」


 陛下とアグリア殿下の声が重なる。王妃殿下は口を両手で押さえていた。


「私の頭の中には『フェイトナム帝国王宮にあった全ての本・資料の内容』が詰まっています。一言一句違わず。なので、こうお返事してくださいませ。——交換に応じても構わないが、一年の猶予をいただく。私クレアがフェイトナム帝国の例年の予算案から兵法、農耕、交易の関税、貴族年鑑、各兵の数を、貴国の属国全てに属国の言葉で詳細にお伝えしたら戻ります、と。取り下げなければ、のお話ですが」


 私は美しくも可愛くもない。淑女教育の敗北。しかし、頭だけは……記憶力だけは飛び抜けて良かった。


 勉強は好きだ。好きな事は頭に入ってくる。私は、人より少しだけその度合いが強い。


 フェイトナム帝国が戦をちらつかせてきたのなら、フェイトナム帝国の属国全てに情報を垂れ流し、バラトニア王国を旗印に一斉に独立戦争を起こす……、それも、フェイトナム帝国の情報を全て開示した上で。


 私は戦はしたくない。戦の理由にされるのもごめんだ。この手紙を書く事で、私の命はより危険に晒される。


 そういう意味で私は人質になる。今後の一生命を狙われる、それが何だ。


 死んでもいいと思って嫁いできたのだ。和平のための生贄にしていいと思われて送り出されたのだ。


 有効活用してやる。私は簡単に死ぬ気はもう無い。だけど、大好きになったバラトニア王国の人のためなら命を賭す。


「クレア……、まさか、本当に、それができるのか……?」


「えぇ、できます。全て覚えていますよ、1ヶ月前、この国に来る直前の何もかも」


「……生ける、知識の人……」


 陛下は椅子の背もたれに深く背を預け、深く息を吐いてから立ち上がった。


「クレアの護衛を増やし、毒見役を徹底させろ。間者と思われる者は軟禁しろ。クレアの身の安全が、この国の安全だ」


 は、と一礼して陛下の側近が下がっていく。


 私は、本当は怖い。手が震えているが、顔は微笑んでいる。


 その手をアグリア殿下の手が覆った。温かくて大きな手だ。安心していい、と言われたようで、本当に唇が綻んでしまった。


 今日から私は人質であり、脅迫者である。だけど、守ってくれる人がたくさんいる。


 私は私にできることで、私を守ってくれる人たちを守らなければと気持ちを改めた。

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