第15話 不安の種

 今、陛下と王妃殿下、アグリア殿下、そして私はフェイトナム帝国皇帝……私のお父様からの手紙を前に、サロンで難しい顔をしていた。


 最初からわかっていた、この国に間者がいる事は。そして、私は目立ちすぎた。


「……ついては、嫁に出したはずの皇女との婚姻の儀が結ばれていない事から、御国に第二皇女との婚儀の意思なしとして、第二皇女に瑕疵があると判断し、第三皇女との交換を要請するものとする。……馬鹿らしい! 国が整わぬうちにクレアを結婚させられるか!」


「あなた、落ち着いてください」


 いつも優しく穏やかな陛下が声を荒げる。


 確かに私は嫁としてきたが、まだ正式には結婚できていない。それは、戦後の混乱もおさまらず、王宮の部署の乱雑ぶりを見ても分かっていたことだ。


 私は確かにアグリア殿下と婚約しているのに、このような詭弁を申し立ててきたのは、養蚕と製紙技術、それに伴う地図や図版やノートや本といった、技術的革新が原因だろう。


 私が王宮で派手に動けば動くほど、それは間者の目にも止まりやすいという事。失念していた。


 しかし、私は自分が結婚する前に、この国の基盤を少しでも整えたかった。戦は勝っても負けても傷が残る。


 少しでも民の仕事を増やし、余裕を作り、徐々に医療や本の導入を始め、学校を作り……、この国は交易と農耕に優れている。読み書きの出来る人間は多くて困る事は無いし、戦で空になった蓄えをまた増やす必要もある。


 そのためには王宮でどこに何が必要なのか把握しておく必要があるが、戦で乱れた国内の情報が木簡であがってきていては、情報量も少なければ場所も取る。捌ききれなくて当たり前だ。


 お父様は私の能力……勉強してきたことについては、見向きもしなかった。女は美しくあればいい、男を立てればいいという考えで、それなのに戦勝国にはその基準で言えば一番劣っている私を嫁にやったのだ。


 死んでもいいと思って。


 しかし、私の能力が使えると判断した途端これだ。婚姻の意思なしと見るには早すぎるし、時期が合いすぎる。


 ちょうど、部署は新しく動き始めた。不慣れながらも、養蚕と製紙、他国との新しい交易、農業、漁業、商会との交渉、地図の製作。


 これからは紙ができたことで他国から仕入れた本を写本して販売したり、医師の育成も始まっていくはずなのに。


 こんな難癖を付けてまで新しい風を入れて発展していくことが許せないのだろうか。私がもっと、惨めで何の意見も通らない生活をしていたらこうはならなかったのだろうか。


 私はまた背中を丸めそうになったが、隣にいたアグリア殿下が肩を抱いてくれた。


「私はクレア以外を望みません。その要請、飲まなければ何だと言うのです?」


 キッパリと言い切ってくれた殿下を見て、私の目は潤んでしまった。私も、殿下以外は望みません、と言うだけの余裕は、陛下の次の言葉でなくなった。


「一月以内に要請に応じない正当な理由が無い場合、開戦も余儀なく考えている。理由は、不当に当国の皇女を扱った侮辱行為だそうだ。……くそ、形だけでも先に結婚させるべきだったか」


「クレアは我が国の恩人、生ける知識の人です。気持ちの伴わない祝言などあげる訳にはいきません、……今はともかく、ね」


「はい、殿下……!」


 しかし、私のせいで戦になってしまっては元も子もない。


 そもそも、去年の戦にバラトニア王国が勝てたのは、その半年前にフェイトナム帝国が制圧戦争を仕掛けて疲弊したところを突いたのが大きい。


 今は戦争から1年。まだ食糧も兵も回復しきっていない。負けたら、また属国にくだり、いいように使われるだけだ。


 それは許せない。私は必死で考えを巡らせた。


「陛下、3日ください。かならず、3日のうちに良い案を出します」


 私は背筋を伸ばして、はっきりと告げた。


 今は卑屈になる時じゃない。

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