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 事件は急展開の後に終息した。


「じゃあ、刺されて反撃したところ、倒れこんでそのまま動かなくなった、ということでいいんだね? 確かに証言通りで、木刀による打撃よりも倒れた時に首の骨をやっちまったことの方が致命傷だったんだが……」


 張り込みをしていたこともある、いつだったか部屋を訪ねてきた刑事が、搬送された病院にまで押しかけてきて尋問した。


 健二はうんざりと、小さく頷いて、彼の質問に肯定の意を示した。ベッドに寝たままで、生命維持装置と酸素マスクで動くことも出来ない。


「元カノさんは最初の一撃で気絶……ね。うーん……、まぁ、いいか、それで」


 なにか不自然を感じたのかも知れないが、刑事は流して尋問を終わらせた。


「詳しいところは回復してから改めて聞かせて貰うよ。正当防衛を認めて貰おうにもさ、正直に話してくれないとね」


 ぜんぶ見抜いていると仄めかすような言葉の後で、刑事は捜査の進捗を語ってくれた。


「被疑者死亡で片付くだろうけど、彼がA市の惨殺事件の犯人と見て間違いないんだよ。山中で見つかった長女も殺しているだろう。経緯を聞き出せなかったことが心残りだよ」


 健二の目が驚愕の表情を見せたためか、刑事は呆れ顔で息を吐いた。


「気付いてなかったのか? 彼が、長男の知人で重要参考人として手配されていた男だよ。紺野唯史だ。海外で非合法の性転換と整形の手術をしていたらしくてね、足取りを追うのが困難だった」


 手癖でタバコを吸い付けるような仕草を見せて、刑事は四方を見回した。一服したかったのだろうが、場所柄を弁えたようだ。手持ち無沙汰な手を引っ込めた。


「上着からロッカーの鍵が出てきてね、そいつが合う駅のコインロッカーを調べたら案の定、バックパックが出てきた。その中からは血が付いたレインコートと盗品の自転車の鍵も出てきたよ。別の事件が起きれば、A市の事件がニュースでしょっちゅう聞こえてくるのを止められると思ったんじゃないかな。典型的な、無計画型の犯人だ、深く考えちゃぁいない。本庁のプロファイルは正確だねぇ」


 刑事は棘のある言い方で本庁を称え、警察組織の縦に割られた分断の層を垣間見させた。その後にも、独り言に見せかけて、厭味としか聞こえない感想を、湿気た声音で健二に聞かせ続ける。賛同が欲しいのかライバルが貶せるなら何でもいいのか、刑事の人間関係も人並み程度にはこじれていると思った。


「一家惨殺の動機や経緯、その他色々と聞きたいことがあったんだが、死人に口なしでは、もう永久に真実は解らないままだね。憶測では話せないしね。やってくれたもんだよ」


 刑事はずっと、健二の目を観察しながら話を続けている。表情を読ませないこの刑事がどういう判断を行っているのかは、健二の側には窺うべくもなかった。


 健二の反応が面白くないのか、明らか喋りすぎなレベルで刑事は情報をリークする。


「彼は性同一性障害で、母子家庭に育ったものの母親との折り合いは悪かったらしい。高校を卒業する前に家を飛び出して、その後は裏社会でクスリの売人などをしていたようだ。被害者の松野章二とは同じ学校のワル仲間だったんだが、片方は曲がりなりにも更正したのに対し、ヤツはそのまま悪の道に走っちまった。売人の他に空き巣や詐欺にも手を染めて、荒稼ぎした金で海外へ逃亡したんだ。そこから先の行方が知れなかったんだよ」


 恐らくは海外での違法な手術の後に偽造のパスポートで極秘に帰国を果たし、被害者家族に接近したものらしいと刑事は説明した。


 あれほど知りたかった美桜の真実が、知れてみればよくある転落劇そのもので、胸が痛くなった。塗り固められた嘘の中身がこんなにも空虚では、いったい美桜が何を恐れていたのかすら解らない。


「被害者のスマホの記録を洗ったところ、正体を知らずに付き合っていたような節が見えるんだけど、こっちじゃ昔のワル仲間を頼ったと思われていたもんでね、同一人物とは思われて居なかったんだ。正体を隠して近付いた理由ってのがね、どうにも腑に落ちないんだよな。怨恨でもあったのかね。捜査員一同、首を傾げているよ。その辺、何か心当たりがあったら教えてもらえないかな?」


 どうにも落ち着かないのか、刑事の手はひっきりなしに口元へと伸びる。後々にはあのバーで聞かれた美桜の情報も、一つに纏めて整合性のある解釈が付けられるのだろうが、なんだかそれは彼女の真実とは違う的外れなものになるような気がした。


 刑事は手持ち無沙汰な手を遊ばせつつ、それでいて健二には真面目くさった顔で苦言を呈した。


「しかし、知らずとはいえ、よくあんな凶悪犯を家に上げたもんだ。見た目に騙されたクチか知らんが、他人を泊めるのも考えてからにしないと駄目だよ。相手がどんな人間かなんて解らないんだからね」


 説教の中の一つの単語にカチンと来たものの、反論は出来なかった。美桜は、確かに凶悪犯には違いない。こんなにも違和感を覚えるのに、該当する単語は他に見当たらない。哀しいほどに、凶悪な少女だった。


「すいません」


 呼吸器のついたままの、苦しい下からなんとかひと言だけを発した。麻酔が切れたかして、腹部はじんじんと熱を持っていた。


 ほとんどの事情は先に茉莉花から聞いてきたと刑事は告げていたが、わざわざ来たくらいだから、ただの確認というわけでもないだろう。


 茉莉花も完全には本当のことを言わずに済ませようとし、健二も辻褄合わせで咄嗟の嘘を吐こうとしたが、どうやら目論見は失敗したようだ。付け焼き刃が通じる相手ではなかった。


 もう居ない彼女ほど上手くは嘘を吐けないらしい。


 内心にため息をこぼし、けれど咎められるほどではなかったことで少し安堵もした。茉莉花も茉莉花だ、誤魔化すつもりなら先に相談が欲しい。いや、彼女ほど綺麗に秘密を糊塗出来ないのなら、やはり嘘など吐かない方がいいのだろう。


 そう思いながら、眠くなったフリで刑事に帰れとアピールした。


 あの時、美桜が見ていたのは本当は誰だったのだろうか。浮かんできた疑問の答えは、閉ざした瞼の赤黒い闇の向こう側だ。




終わり



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家出のJKを拾った男【仮題】 柿木まめ太 @greatmanta

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