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 街灯の光が差し込んで、居間の辺りは電灯を消してもなお明るかった。


 ロフトの暗がりはなるべく見ず、ラグに直接で敷いた布団にくるまっていたが、今夜に限ってはなかなか寝付けなかった。


 昨日までは子供に毛が生えた程度にしか思わなかった少女が突然、女になってしまったのだ、気にせずにいる方が難しかった。


 酒の力を借りてもなお睡魔は現れず、煩悶とする。冴えてしまった頭には、追い払ったはずの会話や表情が何度でも蘇ってきて悩まされた。


 最近は寝不足なのにこれ以上仕事に差し障りがあっては堪らないと、それすらが圧に感じるほどで、強迫観念かと内心に吐き捨てる。


 ひたすらロフトに背を向けて目を閉ざし、眠りにつくよう念じ続ける。それでも一向に眠りの気配は訪れなかった。


 キシキシと時折微かに聞こえる物音がやたらと耳を刺激する。まんじりともせず、このまま夜が明けるだろうかと考えた。そのうち、美桜が起き出した気配を感じた。


 ロフト脇にある階段をそっと降りてくる足音が、そろそろと背後に忍び寄り、そっと布団をめくってその本体を滑り込ませたところで、健二は半身を起こした。


「なにやっとんねん」

「あ、起きてた?」


 この小娘は一体ぜんたい何を考えているのか。


 あっけらかんと応えた美桜は、またしてもキャミソールとパンツの扇情的ないでたちで、生々しい腿を月明かりにさらけ出していた。


 子供じみた動機と行動とが、彼女の肢体とはアンバランスだ。カラダだけはいっちょ前だが、既成事実でどうにか誤魔化せるなどと考えている子供だ。


 誘惑のドキドキ感などない、ひたすら寝不足による仕事への支障と彼女の考え方への苛立ちで一杯だ。


 健二はまたしても説得を再開しなければならなかった。


「さっきも言うたやろ。何度迫ってきてもムダや、ガキなんぞ相手に出来るか。それより人がせっかく自分の寝床貸してやってんねんぞ、お前が寝ぇへんのやったら、俺が寝るわ。暑苦しいのに、なんでクソ狭いとこに寄ってくんねん、ボケ」


 本音はひたすら隠して少し強めに言い聞かせる。美桜はむくれた顔をして、噛みついた。


「なによー、その言い方! 人肌恋しいんじゃないかなーって思って、気を利かせたんじゃんか。それに、カノジョとは別れたって言ってたじゃん、だったらいいじゃん!」


「いいわけあるか、アホ! お前、何がなんでも俺を犯罪者にしたいんか!」


 内心ではギクリとした。元カノに未練たらたらだということが、外から見ただけでも解るほどなのだろうかと思った。


 この場に居もしない女に負けたということが、この少女のプライドをいたく傷つけてしまったのかも知れない。その結果がこの行動だというなら、なんともやるせない。


 自分の知らない過去の女に嫉妬心を燃やして、張り合うように意地になって、こんなことをしているのだとしたら、あまりに滑稽で、哀れで、子供扱いしていたことに罪悪感さえ感じさせられる。


 それでも、彼女を受け入れてやるわけにはいかなかった。


 茉莉花に寄せる感情と、美桜に抱く感情は、はっきりと別のものだ。混同したフリでなし崩しにしてしまうような卑怯は、健二の流儀ではあり得なかった。


「お前がどういうつもりかくらい見抜いてんねんぞ。そうやって関係持たせたら家に帰れとかも言われんで済むとか思ってんねやろ。今まで世話になった男がどうやったかは知らんけどな、俺はそういうのは好かんのや。安売りすんなて言うてるやろ!」


「だから、あたしは家出少女なんかじゃないって!」


 また言い訳が変わった。


「ウチは一家離散しちゃってて、パパもママもお兄ちゃんもどっか行っちゃって居ないの! あたし、どこも行くトコないんだもん、ここに置いといてよ! なんでもするから!」


「せやから、安売りすなて!」


「なんでよ⁉ いいって言ってんじゃん! 処女とかでもないし!」


 匂い立つような女の色香と、子供っぽい我の通し方がチグハグで、少女の誘惑は何かの魔力じみている。


 強く目を瞑り、拒否を固める健二に抱きつき、即座に引き剥がされながらも腕を伸ばし続ける。掴みかかるような姿勢で美桜は喚いた。


「あたし、別に子供じゃないよ⁉」


 せめぎ合っていた心が折れてしまいそうなセリフだ、その破壊力にも気付かずに美桜は強がって、ついにはキャミソールまで脱ぎ捨てた。


 思わず目を見開いた健二の視界に、少女の白い裸が焼き付いた。小ぶりな胸があらわになり、男の理性を焼き切ろうと目の前で揺れる。目を背けたとたんに、細い身体が再び健二に抱きついた。条件反射で、今度は引き倒して下敷きにしていた。


 人がせっかく我慢して、なけなしの理性をフル稼働させてやっているというのに。


 そんな腹立たしさを覚えていた。おそらくは未成年で、泊めたことさえ犯罪スレスレで、自身の歳を考えろと脳裏は警告を発して赤く点灯し続けている。


 だが、誘ってきたのはコイツの方だ、まったく腹立たしい、苛々する、そんな凶暴な感情が荒れ狂ってもいた。


 必死の抵抗で激しく首を左右に振る。我に返った瞬間の反射的な行動だ。


 眼下の少女は敷布に抑えつけられたままの体勢で、目を細め、笑みを浮かべていた。健二を見上げる勝ち誇ったような表情が、なぜだか水を差されたように感じた。


 相手が醒めたことにも気付かず、少女はまた映画のようなセリフを情感たっぷりに紡ぎ出した。


「やっとその気になった? 女が目の前に居て、我慢なんか出来ないでしょ? 知ってんだから。素直になっていいんだよ? 欲しいって、言いなよ」


 すれっからしの笑みを浮かべたその頬を、軽くペチリと叩いた。


「アホ、危うく犯罪者や。はよ、どけ」


 後は無理やり押しのけた。理性が蓋をした凶暴な何かは心の奥底でまだ隙を窺っていたが、なんとか殺してしまえるだろう。懸命に、茉莉花の顔を思い出していた。


 少女はまた、少女らしい子供じみた表情に戻って、むぅ、と頬を膨らませた。


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