6

 話すうちに雨は上がり始めていた。ぱらぱらと霧のような細かい粒子だけになり、雨音はほぼしなくなった。都合良く薬局もまだ開いていた。


 途中に立ち寄り、消毒薬と絆創膏と、必要に気付いて湿布を買う。誰かの自転車の荷台に少女を座らせ、応急で傷の手当てをしてやった。擦りむいた箇所は絆創膏で済んだが、打ち身はそろそろ青黒くなりかけていた。


 いったい、何をしてのこの怪我なのかが気になったが、聞くことは出来なかった。


「これでええやろ。……ウチまで来る必要はなくなったけど……やっぱまだ、気ぃ変わらへんの?」


「家に帰れって? しつこいよ、おじさん。泊めてくんないなら別にいいよ、他の人探すか野宿すんだからさ」


「アホか、風邪引くやろが」


 大事なところは相変わらず押し問答だ。仕方なく、また駅へ向けて少女の手を取り歩き出した。他の男も、野宿も、由々しきことだ。


 やはりさっき警官に引き渡せばよかったのか……人の気も知らずに、見知らぬ家出少女は鼻歌交じりで健二の手を握った。


「行こ、おじさん」

 今夜の宿を確保したつもりらしく、上機嫌だった。


 時間が時間だけあって、普段は利用客の多い駅だのに今夜この時刻で構内を流れる人の群れは、群れというのも間違った小集団がせいぜいだ。ホームには解散間際の酔った学生たちや、健二と同じ社畜の疲れた顔が俯いている。


 昨今はマスク無しの者が悪目立ちで注目を浴びるということも少なくなったが、やはり途中のコンビニで買ったことは正解だ、誰も二人に注視して通ることはなかった。


 少女は鼻歌交じりで、顔の半分も隠れるような大判のマスク姿も気にすることなく周囲を見回していた。


 駅のホームでは打って変わって、少女は静かだった。二人はやってきたガラ空きの列車に乗ってすぐ、扉付近に陣取った。


 家出娘は、少しでもその存在を消し去ろうというように、妙に大人しく、健二の影に隠れて人々の視線から逃げていた。


 マスクで隠れていても解る、黒目がちの大きな目、通った鼻筋が逆に衆目を集めてしまう美少女だから、いくら隠れようとしても誰かの視線の一つ二つは当たり前に彼女を追い回している。


 歩いてすれ違うだけの街路とは違い、むしろ濡れた髪がいかにも曰くありげで、甚だ不都合なものにも見えているだろう、濡れ鼠の二人は確実に異質な者だ。


 さっきの商店街か駅の売店でタオルでも買えばよかったか。コンビニでの買い物でも買うことは出来たはずだ、ついでで買えば良かったのだと反省混じりで、健二はポケットを探った。今日はまだ使っていないなと内心思い返しながら、ハンカチなど引っ張り出していた。


「ほれ、ちょっとは違うやろ、髪拭いとき」

「ん、あんがと、兄ちゃん」


 さらりと、呼吸のごとくに嘘を吐く。


 大阪弁丸出しの兄と標準語の妹というものもどのみち不審に変わりはなかろうにだ、健二の方で後はだんまりを決め込んだ。


 座席で隣り合って座る女子高生二人がこちらを見てひそひそと話している。目の輝きは不審者に向けるものではないから、そのまま無視した。


「お兄ちゃんのこと噂してるよ、あの二人」


 また例の悪そうな笑みで家出娘が健二を煽った。目しか見えていない人相の、いったい何が解るというのか、冷やかす娘の言葉を聞き流した。


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