第30話 バッテリー切れです。充電してください。
生き残るためのマニュアル
どんな時にも諦めないでください。希望は必ずあります。
あなたは一人目であって、一人ではないのですから。
◇
都会から離れると、流石に草木が生い茂る様になってきた。腰の高さまで成長した草をかき分けて歩いていると、どこかジャングルの中にいる様な気分になる。ガスマスクで草木の匂いは分からないが、植物を踏みしめるブーツの感触は本物だ。
今年の冬は短く、例年に比べて春の訪れは早かった。麗らかな陽気は山々に積もった雪を溶かし、雪の下に埋もれていた新たな生命を芽吹かせた。雪解け水は川に流れ込み、大地を潤わせていた。
川沿いにアスファルトを歩いていると、地球は荒廃し切ったが、それでもしぶとく生命は廻り続けている事を実感する。
あの日以来、ミュータントが攻撃してくる事は無くなった。そもそも日中は外で遭遇する事は少ないし、遭遇してもそそくさと隠れてしまう。
外で迎える夜は恐ろしく、そこら中にミュータントの雄叫びが木霊していたが、彼らは野生動物を狩るだけで俺には見向きもしなかった。声に慣れた今では、寝袋で眠る事が出来る。
南への旅を続けてどれだけの月日が経っただろう。始めはデバイスが機能していたし、簡易充電器もあったのだが、簡易充電器が壊れてしまった今、当然ながらデバイスは沈黙している。太陽光で発電する腕時計で時間は分かるが、日にちはもう数えていない。
シェルターから持ち出せる食料には限界があったが、外の世界で食べられる物も摂取する事でどうにか生きている。
最初は抵抗があるかもしれないが、ドングリだってしっかり処理をすれば立派な食料になるし、そこらの植物も味付け次第でとても素晴らしい物になる。
水は困ったが、節約しながら旅をしていたし、田舎の方に行けば汚染されていない水も見つかった。今は田舎を歩いているので、浄水する手間こそ掛かるが水には余り困っていない。
水も勿論そうだが、全てを差し置いて何より嬉しかった事は、田舎の方の水源にはまだ魚が居た事だ――俺の知った形で、しかも食べられる!――このお陰で、俺はベジタリアンにならずに済んだ。
ふと空腹を覚え時計を見ると、もうすぐ昼に差し掛かろうとしていた。もう少し歩いた所には古いバス停が見えるし、ちょうどいい。昼飯にしよう。
折り畳みの椅子を展開し、拾って来た枯れ木を組み、マッチで火を点けた。その上にフライパンを置き、油を敷いて、魚と植物を炒める。これだけでは何の味も無いので、カレー粉を振りかける。するとたちまち食欲をそそる匂いが辺りに立ち込めた。
今日の昼飯は魚のカレー粉炒めに、乾パンだ。品数が少なく思えるが、このご時世にこれだけの物を食べられる事はとてつもない幸福だ。
世紀末を喜ぶ気はさらさら無いが、この幸福を味わえる事にだけは感謝する。
食べている間はずっと長閑な時間が流れた――自らに課せられた使命を忘れかける程に。
上位者はあの日以来現れていない。今に至るまで、黒い靄も、声も、超常現象も無しだ。奴は今も何処かで俺を見ているのだろうか。それともミュータントのコミュニティに知恵を与え続けているのだろうか。
もしかすると今頃は火星で自分の国を作っているかもしれない。荒唐無稽だが、奴ならありえるだろう。
食べ終わったし、後片付けも終わったのでそろそろ出発しよう。
手持ちの地図で確認すると、目的地はまだ遠かった。
俺は辿り着けるだろうか? 分からない。辿り着いたとしても、戦争を止められるだろうか? 不安は多いが、まだ不安を感じられるだけの余裕はある。
生き残ったのには何か理由があるはずだ。それも旅の末に見つけられるかも知れない。何処まで行けるか分からない。放射能はまだあるし、自然は常に俺を殺そうとしている。だが、命ある限り、歩ける限りは続けるつもりだ。人生は長い。
なんたって、俺はまだ百歳にもなっていないんだからな。
2126年 状態:生存 паранойя @paranoia-No6
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