皮膚




 激しい呼吸を不規則に繰り返す鼻からは、時折、笛みたいに甲高い音が出てきた。

 この動作で疲弊したと断言できる腕の先の手は、ピンポン玉のようにまん丸い草を囲んで、短く息を吸う回数を六十と決めた。

 六十一回目に草を掴む。


「また」


 安堵、しているのだろう。

 六十一回目に草を掴んだ矢先、草は手の中で葡萄のように形を変えたかと思えば、手をすり抜けて天空へと飛び立って行き、そのまま姿をくらました。

 それを見届けてのち、仰向けになって地面に倒れた。


 竜になりたい気持ちと。

 どうしても今は人間社会にいたくなかった気持ち。

 そこに加えていないのだろうか。

 死という選択肢を。

 

 逃げたいのならば、真っ先に思いつく選択肢。

 逃げたいのならば。


(私は)


『私も竜になって、一匹になって、生きていきたい』


 本当に。

 生きていたいのだろうか。


 腕で隠しているからではないのだろう。

 視界が暗闇に塗り潰されているのは。


 気のせいだったのではないか。

 跡形も残さず、あっけなく消えてしまった小さな小さなその雨粒が、重要な栄養分だったなんて。

 いや。

 違う。

 全身に廻らずに、その場で枯れ果てただけなのだろう。


(もう)




「お姫様」


 脳よりも先に皮膚が粟立つと同時に人だと認識した瞬間。

 遅れて駆け廻った悪寒に押し出されるように。

 白い向日葵を髪から吐き出しながら駆け走った。

 まるで水中でもがくように全身をばたつかせながら。


 いやだいやだいやだと。

 むき出しの本能が咽び叫ぶ。

 近づかないで近づかないで来ないで。

 一文字たりとも言葉を交わしたくない。






 勝手に涙が出た。

 叫び暴れる心とは裏腹に嗚咽ももらせずに、ただ静かに。









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