第8話 攻防
斗真がその塊りの正体が犬だと分かった頃には、それはすでに口に1羽を加えていた。
残る2羽のカラスも、咄嗟に標的を乱入者に変更して応戦しているが、分が悪かった。あっという間に鋭い牙の餌食になり一帯は黒い羽と血に塗れた。
斗真は足が動かなかった。
頭ははっきりとしていて、犬がカラスの相手をしているうちに逃げるべきだったと分かっていた。この犬が感染している野良であり、昔飼っていた愛犬のダッシュでないことも明らかだった。
しかし、毛が抜けみすぼらしい姿になっても目は鋭く光り、興奮し、動物本来の俊敏に相手を仕留める仕草が、まるでダッシュの最後の時のようで目が離せなかった。
ダッシュは死んでしまったにも関わらず。
斗真の目の前で。
グルル、と爛れた口が唸り地面に散らばるカラスを前足で踏みつけ、残る斗真を標的にゆらりと向き直った。
ダメだと思った。
噛みつきにかかってくることは想定できた。
グローブで受け止められたとしても、カラスのようにふり解けない。犬の顎の力は知っていた。
逃げるか、戦うかいずれのイメージも湧かなかった。
斗真の頭には、愛犬ダッシュが自分のことをすっかり忘れて飛びかかってきた日の情景が浮かび、目の前の状況と重なっていた。
犬は一際大きく2、3度吠えた後、数歩は駆けただろう、しかし斗真にはその場から飛んで被さってきたかのように感じた。
スピードの乗った全体重が斗真にのしかかる。
衝撃で体勢が崩れるがなんとか持ち直す。
目の前の牙は、しっかりとグローブを噛んでおり、斗真は容赦のない咬合力をグローブ越しに感じた。
犬は噛みついたまま激しく首を振り、引きずり倒そうと強く引っ張った。犬の爪が斗真の右のこめかみを掠め、鋭利な痛みにされるがままだった斗真の頭がより鮮明になる。
しかし体は痛みに反応し、体勢を崩した瞬間に犬にのし掛かられた。
腹の上から執拗に首を狙う牙を必死で両腕でガードする。受け身の消耗戦は苦しかった。力を込め続ける腕が緩む。
腕の力が緩んだせいか、犬の顎からも力が抜けた。
斗真は錯覚かと思ったが、犬はそのまま重い体をどさりと横たえた。
脇腹には何か棒状のものが刺さっていた。
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