第7話 カラス
配達を完了させた斗真は、肉のプレッシャーから解放された。
軽くなったバッグを背負い来た道をバイクで走る。先ほどの鳥の集団はいなくなっていた。
代々木公園の周りには空に向かってTWPスプレーが放出されているため、たとえ上空であっても公園の敷地から外に出ることはないはずである。斗真は、感染した動物は多動的になると聞いていたので、大人しく森に戻ったことに違和感を覚えた。
行きに警察に止められた場所、開けた公園の入り口である原宿門に着くと理由は判明した。
何羽かの鳥が羽をばたつかせながら、何かゴミを漁るような仕草を繰り返していた。鳥の標的は、うずくまった人間だった。
「人だ……!」
思わず声に出すと、斗真は交番を振り返りこちらに視線がないことを確認し鳥の集団に向かってバイクを切り返した。
5、6羽の鳥の集団はカラスだった。羽が醜く抜け落ち、足が腐り千切れているものもいた。
激しく鳴き、鋭い足の鉤爪や嘴で集中攻撃を浴びているのは女性だ。ジーパンに薄手のニット、ベストダウンは破かれて白い羽毛が黒い羽ばたきの中で舞っていた。
パン・パン・パン
まだ冬の空気の空に乾いた音が響く。
斗真は空中に向けて、エアガンを発射した。
鳥の目と人の目が一斉に斗真を捕らえた。
「早く、こっちに……!」
斗真が声を上げると、弾かれたように女性は斗真に向かって走り出した。
支給されたエアガンでは動物に致命傷を与えられない。それでも通常、鳥は向かってくる球や鋭い音を嫌がり退散するが、感染したカラスたちはむしろ好戦的になったかのように、ボロボロの体で羽ばたいて女性を追いかける。
援護する斗真のエアガンは当たりすらしなかったが、辛うじてその音がカラスの動きを鈍くした。
「君、ありがとう!」
彼女は、弾む息が斗真に聞こえるくらい近づくと走るペースを緩めた。
「そのまま走って公園の外まで、休むな!」
斗真の張り上げる声に、女性はハッとして止まりそうだった足を加速させ斗真を過ぎ去っていった。
カラスは、エアガンを警戒して木の枝に止まるもの、上空を旋回するもの、それぞれがそれぞれの位置から斗真に狙いを定めている。
斗真はジリジリと公園の出入り口へと後ずさる。
カラスは背後から人を襲うため、背中を見せたら一斉に襲いかかってくることが容易に想像でき、振り向き走り去ることはできなかった。
斗真は無意識に首元のネックガードに手を伸ばした。そのまま鼻を覆うように引っ張り上げゴーグルをかけ、腰に挟んでいたグローブを装着した。
痺れを切らしたのか、羽ばたいていた一匹が斗真を目掛けて真正面から飛びかかってきた。正常なカラスからは考えられない行動だった。
斗真は咄嗟に腕を突き出し、嘴に挟み込むように咥えさせるとそのままカラスを地面に叩きつけた。
そのカラスに2羽のカラスが寄った瞬間、TWPスプレーを噴射し一足飛びで背後へ距離を取る。
斗真が腕を見ると、グローブは傷一つ付いていなかった。
凶暴化しているとはいえカラス程度であれば、支給されたグローブで十分だった。
TWPスプレーを噴射されたカラスは、喉から絞り出したような、掠れた、そして調子の狂った鳴き声を出しながら羽をばたつかせ地面でのたうち回っていた。
死にはしない、時間を稼ぐことしかできない。
瞬間、空中から様子を伺っていた3羽のカラスが一斉に斗真に降りかかってきた。
グローブで全て受けられるか、斗真が心を決めたその時、大きな塊が3羽に向かって飛び込んできた。
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