エピローグ:魔女の王

15話

 こうして、アネモネは初代”魔女の王”となりました。

 その場に居合わせた十二人の魔女達とともに、”魔女界”を設立し、魔女だけの楽園としたのです。

 十二人の魔女は”王”を支え続けました。彼女達の役割が、魔女界最高幹部”十二支”の大元であると言われています。

 “魔女界”は、新たに生まれる魔女を回収し、徐々に大きくなっていきました。現代も続く、魔女の生きる場所です。


 ——これは遠い昔の話。

 全ての魔女の親とも言える、起源の魔女の物語——


***


 あの日から、何十年もの時が経った。人間より成長の遅い私達が、それでも成長したと言えるくらい。


「アネモネ、少しいい?」

 アネモネは誰よりも変わった。伸ばし放題だった髪も切ったみたい。その左目も隠していない。曰く「ここにこの目を気にする人はいない」とか。

 でも、アネモネが変わったのは見た目より中身だと思う。

「どうしたの、マリア」

 “王”と言う立場のせいかしら。外側は緩やかなまま、中に硬い芯が通ったような感じ。


「リブラ、亡くなったよ」

 私が言うと、アネモネの右の瞳だけが揺らいだ。でもすぐに収まる。

 目を細めて、アネモネは言う。

「マリアは看取ったの?」

「ううん。お子さん達に囲まれていたから、私は会わなかった」

「そっか……そうだよね……」

 アネモネは俯いた。


 私はまた口を開く。少しだけ、間を開けて。

「でもリブラは、幸せだったと思う」

「……どうして?」

「最期まで、一人じゃなかったから」

 私の言葉に、アネモネは少し口を閉じる。

 それから、遠い景色に視線を移した。乾燥した山肌が、裸の木々の隙間から覗く。

 あの山の向こうに、リブラが眠る街がある。


***


「これでもう、私達を知る人間はいなくなった」

 マリアの髪が風になびいた。肯定も否定もなく、ただ枯れ葉の擦れる音だけが繰り返される。


 マリアは街が好きだった。出会ったあの日を、今も思い出す。

 ただの市場に、小躍りしそうなほど上機嫌だった彼女のこと。初めて食べた、リンゴの色。リブラの靴。鐘の音。

 私達はこれから、人間達とは違う道を行く。

 魔女として、密かに生きる道を行く。


「やっぱり、寂しいかな?」

 久しぶりに、自分の声が出たような気がする。

 マリアは一瞬、驚いたような顔をした。それからすぐに笑顔になる。

「大丈夫! 私達だって、一人じゃないもの!」


 包み込むようにうねる風。空気は冷たいはずなのに、暖かく感じる。

 これから先、凍えることはないだろう。


 私達はもう、独りではないのだ。

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起源の魔女 秋都 鮭丸 @sakemaru

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