第三章:魔女の宣告

9話

 奴らの所業は、「魔女狩り」と呼ばれていた。


 私達”泉の小屋”の面々は、各地で情報収集を行っている。私はアリエスとともに、東の街から小屋へと帰るところだ。

 魔女狩り。

 異質な人間を捕らえ、魔女として処刑する。

 それに、私達の”同類”が巻き込まれている。

 カストールは、殺された。


 もうこれ以上、犠牲を増やすわけにはいかない。私は両手を固く握った。


***


 私はマリア。久しぶりね。


 今私は、少し懐かしい街にきているわ。

 市場が並び、人が行き交い、鐘の音が響くあの街。

 レオ達と出会った街。


 ポルックス達の知り合いだったタウロさん。そのタウロさんと仲間達数名が、この街に幽閉されているらしいの。

 もちろん悪いことなんてしていない。

 彼女達は、”魔女”として捕らえられている。


 できれば彼女達を見つけ出して、助けてあげたい。でもきっと、一筋縄じゃいかない。

 だから、少しでも情報を探るためにこの街に来たってこと。


 もちろん一人じゃないわ。

 私の隣にいるのはポルックス。捕らえられた人達は彼女の知り合い。魔女狩りに姉も殺されている。ポルックスがどんな気持ちか、私には想像もできない。

「マリア、人だかりだ」

 ポルックスが指差す先には、確かに人が集まっているみたい。一体何があるのだろうか。

 私達は、その人だかりに近付いた。


 見えるのは、人、人、人。とにかく多くの人が、がやがやと騒ぎたてている。

 そのちょうど中心あたり。

 太い柱に、一人の女性がくくりつけられている。

 周囲には制服を着た男達が数名。あの時の制服だ。


 カストールを殺した男達と、同じ制服。


 ポルックスは駆け出した。人の海をかき分け、その中心へと行こうとする。私はびっくりして後を追う。

「どうしたのポルックス!」

「アイツだよ!」

 少し先で、ポルックスは中心の柱の女性を指差した。

「オピュキスだ! 知り合いなんだ!」

 知り合い!? ってことは、タウロさんの仲間数名の内の一人ってこと? そんな人が今、柱に縛り付けられているの!?

 ポルックスはずんずんと突き進んでいく。追いかけるので精一杯。制服の男が、何かを言っている。人々は息を飲む。


 どうしよう。


 ポルックスと二人で中心に行って、オピュキスさんのところに辿り着いて、そうしたらどうすればいい?

 私達だけで、彼女を救えるの?


 カストールは、救えなかったのに?


 柱が近付く。やけに熱い。空気が揺れる。火の粉が舞う。

 火がついている?

 オピュキスさんを縛った柱の足元、敷き詰められた何かが燃えている。このままじゃ、彼女は焼け死んじゃう。


 ポルックスは、人だかりの最前線に飛び出した。私も続く。

 燃え盛る炎の中で、オピュキスさんはこちらを見た。

 その瞳は、一瞬だけ見開かれる。

 それからすぐに、光が消えた。


 制服の男が持った槍が、彼女を貫いていた。


 赤い赤い血が、炎に飲まれる。


 ポルックスは、言葉にならない音を叫ぶ。

 私はただ、膝をつく。


 衆人の目はやがて、私達に向く。処刑した”魔女”を、救おうとするかのように飛び出した私達に。

 制服の男の内、誰かが声をあげた。

「こいつら、見覚えがあります」

 私もポルックスも、逃げ場はない。

 人でできた檻に、既に捕らえられているようなもの。


 私達は、次の”魔女”として連行された。



 本物の檻は、随分と冷たいのね。

 横になるのが精一杯程度の狭い部屋。格子状の扉の向こうには、ポルックスが見える。

 そしてその隣には……

「ポルックス……か?」

「タウロ姐……!」

 私達が探していたタウロさんと仲間達。彼女達と同じ場所に幽閉されたみたい。運がいいやら悪いやら。こんな場所じゃ、再会を喜べないもの。


「そうか、やっぱり、オピュキスは……」

 私達が事の顛末を話すと、タウロさんはがっくりと肩を落とした。他の牢からも、すすり泣く声が聞こえてくる。

 ここに閉じ込められているのは、全部で六人。ポルックスとタウロさん。タウロさんの仲間が三人いて、ヴィルさんとスコルピオちゃんとキャンスちゃん。そして私、マリア。こんな状況だから、互いの姿も見辛くて、どんな顔かもわからないわ。


 本当にどうしようかしら。これから何をされるのか。皆心配しているだろうか。

(アネモネは、大丈夫かな……)


 誰かが入ってきた。私達は身構える。いつ、あの柱に縛り付けられるのかわからない。口の中が渇く。


 入ってきたのは、制服の男じゃなかった。


 灰色の長い髪を腰まで垂らした女性。薄汚れたローブに身を包み、その目は黄色く光る。

 どっちかって言ったら、私達と一緒に牢屋に入れられそうな人。

 でも彼女は一人、牢の外で、私達の顔を一人ずつ眺めている。


 まるで、誰かを探しているみたいな——?


 最後に私と目が合った。彼女の前髪は長く、その目にかかるか、かからないか絶妙なところ。あぁ、まとめてあげたい。

「君がマリアか」

 彼女は突然口を開いた。

 私、自己紹介したかしら。探していたのは私のこと?


 一体どうして?


「私は……マリアですよ?」

 混乱して、なんだかよくわからない返事をしてしまった。

 すると彼女は、私がいる牢に近付いた。

「いいかいマリア。ここから先、余計なことをしてはいけないよ」

「余計なこと?」

 彼女の目は、真剣そのもの。

 でもなんで? 私だけ?

 余計なことって、一体どんな? 

「脱獄する必要はない。流れに身を任せて」

 そう言うと、彼女は満足したのか牢から離れた。そして。

 えぇっと、驚くべきことに、彼女はその場からふわっと消えてしまった。

 ふわっと。煙のように。


 向かいの牢のポルックスと目を合わせる。


 今のは現実? 夢じゃないわよね?


 ポルックスは、聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりの声で呟いた。

「今のも、魔法……?」

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