四枚目から恋、駆け出して

藤咲 沙久

君はクローバー


 よく、目が合うな。穂高三葉ほだかみつはの印象はその程度だった。

「……何してんの穂高」

 思わず声を掛けてしまったものの、俺たちは別に友達というわけでもない。転がった球を追いかけた先の体育館裏、人がいたことに驚いた勢いというやつだ。しかも座り込んでるし。

 チャイムが鳴るまでにはなんとかしないと五限目が始まっちまう。穂高の答えを待ちながら俺は辺りを見渡した。意外とだだっ広いな。

「……佐木さき君、こそ」

「俺は探しもん。キャッチボールしてたら隆央たかおに暴投されてさ、こっち飛んで来なかったか?」

「わかん、ない。でも、何か音は……聞いたかも」

「あー雑草に紛れたかな。っし、探すかー」

 特に生い茂ってる箇所へ手を突っ込みながら、そういえば初めてまともに会話したなと気づく。か細くて、柔らかい声だった。

「話し掛けといてなんだけどさ、穂高って喋るんだな」

「喋る……よ?」

 背中を向けたまま言うと、わずかに不安そうな返答があった。もしかしたら嫌味みたいに聞こえたか。俺は慌てて彼女を振り返った。

「や、悪い。嫌な意味じゃなくてだな……お前、いつもすげぇ静かだから。普段あんまり声聞かないっつーか。穂高でも大口開けて笑ったりすんの? あと運動とかしたら骨折りそうなくらい細いよな。体育やってるイメージも沸かねぇ。……すまん。だから嫌な意味じゃなくてだな」

 言葉がベラベラと飛び出してくる。それも、フォローするはずが余計なことばかり並べ立ててしまった。

 どこか不思議な存在ですらあった彼女への好奇心。たぶんそれが正直な心境だ。いつも視線だけが、擦れ違うほどの一瞬、絡む。なのに話したりはしない。俺自身、知らず興味津々になってしまっていたらしい。

「わかる、よ。佐木君は……素直な人、だと思うから。嫌な風に言ってないって、わかるよ」

「お、おう」

 わかるのか。なんでわかるんだ。よくわかるな。俺はお前のこと何も知らないのにすごいな、と感心する思いでマジマジと穂高を見てしまう。落ち着かない様子で身動ぎをされた。

「……で、結局何してんの穂高」

 そうだ。それを最初に聞いたままだった。膝を抱えるように座って地面を見つめて、でも泣いてるとか悲しそうな雰囲気でもなく。いったいどんな用事があってそうしてるのか。

 穂高は、まるで自分が何をしていたのか忘れていたようにハッとした顔になってから、ゆっくりと口を開いた。

「四つ葉のクローバーが、あるかなぁって。ここ、シロツメクサがたくさん咲いてるから。でも……なかなか見つからないの」

「見つからないのって、そりゃお前」

 ただぼんやり眺めてるだけでは無理だろうに、と返していいものか。馬鹿にしたい訳じゃないし、また余分なことを喋ってしまいそうだ。迷って、考えて、ふと思い付いた俺は穂高の目の前まで行って膝を折った。

 適当な三つ葉からハートをひとつ千切る。目を瞬かせる穂高、その前髪から覗く広い額にぺたりと乗せてやった。少し間抜けな絵面だ。可笑しくて俺が思わずふっと笑うと、穂高は染めたみたいに赤くなりながら葉を手に取った。

「お前に一枚足しときゃ、四つ葉になんだろ」

「あたしの……名前。三葉って、覚えてた、の?」

「まあクラスメイトだし」

 あと、よく目が合うし。とは言わない。何となく照れ臭いからだ。気になってわざわざ名前を確認していたなんて格好が悪いことは、隠すに限る。

「佐木君。佐木、彰吾しょうご君」

 名前を呼ばれて反射的に穂高と目を合わせた。いつも見ていた、だけどいつもより近くにある大きな瞳。おう、と短く返事をした。

「あたし、お話しするの上手じゃないし、大きな声も出せない。足も、遅いよ」

「お? おお、そうか」

 一つも二つもズレたタイミングでやってきた返答に戸惑う。どうにも穂高のテンポは難しい。何度か話していけば感覚が掴めてくるんだろうか、とこっそり思案した。

 今後、また話す機会がくるのかもわからないのに。

「でも、いつも走ってるの。今もそう」

「……立ち止まってるぞ?」

 むしろ立ってもいない。お互いにしゃがんで向き合って、何のことやら。だけど穂高は、か細いのに優しく響く声で続けた。

「走ってるよ。佐木君を見てると、いつも、鼓動がね。どきどきと走るんだよ」

「ぇ、あ……え?」

「四つ目の葉。ありがとう……大切にする、ね」

 穏やかに、例えば花びらが落ちるくらい穏やかに。そっと穂高が笑った。

 そのまま立ち上がると、決して速くない足取りで去っていく。あるいは俺だけスローモーションにでも見えているんだろうか。体育館を曲がるところまで背中を見送り切ってから、体中にぶわりと汗が噴き出した。

(か……かわいい)

 なんだこれ。なんかすごいもんを見た。微笑んだ穂高、あんなに可愛いのか。それこそ四つ葉ほどの珍しさに、衝撃を感じずにはいられなかった。俺は無意識に制服の胸を掴んだ。

 心臓が全力疾走してるみたいにうるさい。穂高が言うのと同じなのかもしれない。痺れを切らした友人の声と、昼休み終了間近を告げる予鈴が、どこか遠くで聞こえた気がした。

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四枚目から恋、駆け出して 藤咲 沙久 @saku_fujisaki

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