第8話 能力

その日は、鷹茶綾からの呼び出しはなかった。

今日が駄目とかではない。あれから接点が全く無い。


彼女からの接触をかなり期待していた自分がとても情けない。まるで恋する乙女状態なのが笑える。

何より笑えるのが、内心では「まだかなぁ〜まだかなぁ〜」とキリンさんな如く首を長く長くしていることが、また笑える。

まぁ笑えるといっても、失笑で冷笑だ。

属に言う、笑う価値も無い。

なんといっても、彼女の携帯番号もSNSのIDすら知らない。

スリーサイズも知らない。

ブラジャーがワイヤー入りなのかも知らない。

彼女の口臭も。

血液型も。

住所も。

信仰も。

足のサイズも。

ファーストキスがいつなのか、まだなのかも知らないのに、図々しく、卑しく、トコトン無様に期待してしまう。

内向的な考えかもしれないけど、それが男だ。

ボクはそれで良いと思っているし、それを表面上に出さなければOKだ。


そんな下らない期待を胸いっぱいに膨らませていたが、その表面下で心配事が1つあった。もしかしたら、その心配事を考えたくないから鷹茶綾を待ち望んでいたのかもしれない。今となっては鷹茶綾がボクを救ってくれる唯一の人だ。

昨日、ボクはパトカーに乗せられ、連行騒ぎを起こしている。その件で、学校中の噂になり、いじめられる可能性がある。

下手をすれば、石を投げられる。

机に猫の死体を乗せられる。

不良に呼び出され、ボコボコにされる。

と、いった残酷な仕打ちが待ち構えているかもしれない。。

その誤解を解いてくれるのは彼女だけだ。擁護出来るのも彼女だけ、でも彼女が擁護する理由がない。

被害者が加害者を守るなんてどの世界にも存在しない。

しかし………無理は承知で、普通の生活に戻りたい。

普通の学校生活。

普通の風景が広がり、とても平和だった。

とは、いえ、ボクは友達がいないので孤独の風は今日も暴風だった。声を掛けてくれる友達もいないし、笑い掛けてくれる可憐な女生徒もいない。

こういう孤独な人間には、美人で巨乳な幼馴染が声を掛けてくるのが鉄則だが、非常に残念なこと、ボクに幼馴染は皆無だ。

かなり悲しい事実だ。

時々、一言二言、クラスメートと会話を交わすこともある。それは形式から外れるものではないけど。

「あれ? 今日って1時間目、数学だっけ?」「やべぇ消しゴム貸して」などボク限定ではない、誰でも良い会話だ。

返答するが、その後の虚無感は絶望に似ている。


そんな絶望を1週間過ごし、半ば彼女のことを忘れていた時だった。ボクは突然、学校の屋上に転送された。

その日は朝から雨だったが、11時頃から雨は上がっている。

屋上はその為、水溜りが複数出来ていた。空の色を映す水溜りは、掃除が行き届かない屋上とはミスマッチだった。

ボクの高校は屋上に上がるのに、特別な許可は必要ない。昼食をここでとることも可能だが、汚いという理由から人気はない。

今も昼休憩中というのに誰も居なかった。

グランドも雨上がりということで人がいないのか、生徒たちの声はしない。

内緒話をするのは、とても適している場所というわけか。


「来たわね。天流川御男。自己紹介をしていなかったわね。私は鷹茶綾。アンタと同じ高校1年生よ」


振り返ると鷹茶綾がいた。今回は1人みたいだ。またあのアフロの人が潜んでいるのかと思ったが、今回はいないようだ。

彼女は凛と立ち、両手を腰に当てている。

仁王立ちなので、威風堂々としている。威張っているという表現がピッタリだ。髪もツインテールにし、あざとさが倍増している。

………可愛いけど。


「自己紹介が済んだところで、申し訳ないけど、もう一度、聞くわ。アンタは転送出来るのよね?」


妙に芝居掛かっている。舞台役者のように声が大きい。また耳栓を付けた方が良いかもしれない。

呼び出されているので、答えないわけにもいかないので、ボクは答えることにする。


「オシッコでね」

「………分かっているわよ。言わないで。口に出すだけで思い出すのよ。でも、アンタは先日、こうも、言ったわ。好意がないと転送出来ないと」

「うん。言ったよ」

「私が便器にハマった日、アンタ、私のスマホも転送させたわよね? アレの説明は?」


あ〜。

そういえば、言ってなかった。

好意が無いと人間は転送出来ない。と、言ったが、物体には制限が無いことを言ってなかった。当然、ボクは知っていたが使う機会が極端に少なかったために母さんも知らない。

それもそうだ。

転送後、オシッコが付着するんだ。

電気製品なら故障する。

食べ物なんて論外。罰ゲームよりも更に上の拷問だ。

だから言う必要性が無かった。


そんなことよりも今の彼女は、なんで勝ち誇っているんだろうか?

ボクの放った言葉に矛盾を見付け、ドヤっているのか?

いやいや、どんだけだ。

ボク的にはどうでもいい話だぞ?


「説明不足だった。そこはごめん」

「良いのよ。さぁ説明して。そして納得させて」

「人間は好意が無いと転送出来ないんだよ。でも物体は制限は無い。オシッコが続く限り、バンバン転送出来ちゃうよ。見たことが無い物でも、想像が出来たら転送出来る。日常だったら体操服を忘れた時とか重宝されるかもね。オシッコが付くけど」

「便利………ではないわね。最悪としか言いようがないわ。悪夢ね。で、今度は質問じゃなくて、提案よ。私の所属している組織に入りなさい」

「………」


組織?

なんだそのベタな展開は? 能力者は誰かの管理下に置き、制御するというお決まりのパターンか?

嫌いだなぁ〜そういうの。

パターン化されたお決まり漫画みたいで好きになれない。

能力を持っていることが自覚してから、そういうのには憧れた時期はあった。「ボクの能力で世界を救う」「困った人を助ける」「ボクが正義のヒーローだ」と考えたことはある。

だが、この能力だ。

間違っても、人は救えない。

悪党を倒せない。

人を助けたとしても、結局はボクが悪者だ。そういう風な段階はもう過ぎている。それに管理下に置かれるのも、好まない。

ボクは母さんにすら、管理されるのは嫌だった。母さんも同様に管理するのも、管理されるのも大っ嫌いだ。もう血筋と言っても過言じゃない。

「自由が良いんだ!」「自由バンザイ!」とか、そんな痛々しいことは絶対に言わない。ただ、現状維持でボクは構わない。

彼女には申し訳ないが答えは「入らない」だ。


「天流川御男。別に断っても良いのよ? アンタ、この1週間は平和だったでしょ?」

「?」


意味が分からない。

彼女は余裕の笑みを見せる。まるでもう勝負は決まっていると言わんばかりの態度だ。少しだけ、話を進めるのが怖いが、相槌を打たないと先に進めない。


「う、うん?」

「学校にパトカーが来て、連行された割には平和だと、思わなかった? 不思議でしょ?」


なんだ? 何が言いたいんだ?

そんなシリアスな中、風が吹く。屋上なので、風が吹き抜けて、時たま突風も吹く。

彼女が言わんとすることは想像出来たが、バタバタなびくスカートを押さえなくて良いんだろうか?

チラチラと純白のパンツが見えているんだけど………もういいか。スマホで録画機能をオンにしてやろう。


「確かに」


 ボクは適当に答えななら、スマホを取り出した。


「なに? スマホで助けでも呼ぶ気? 知っているわよ。アンタ、ボッチでしょ? 友達も彼女もいないことは下調べで分かっているわよ」


聞き流し、録画機能をオンして、胸ポケットにスマホを入れる。勿論、カメラのレンズが見えるように。


「ごめん。大事な話そうだから、電源を落としたんだよ。どうぞ」

「マナーを覚えたみたいね。結構。話を戻すわ。騒ぎになっていないでしょ? パトカーに連行されたのに誰もアンタに興味を示さない。それね。私がアンタを守って上げたの! 有り難く思いなさい! 組織入りを断れば、もう高校に来れないわよ? それでも良いの? 高校生活という青春を静かに謳歌したいでしょ? アンタみたいな下劣な人間でも」

「う〜ん」


腕を組む。

特にこの高校に未練はない。ただ、その組織というモノに所属してしまえば、やはり自由がない。高校は辞めればいいけど、組織はそうそうに抜けれない。

はっきり言って面倒だ。


「ボクが組織に入ったら、何が良いことでもあるの?」

「その下劣で、デメリットばかりの能力を使えない様に出来るかもしれないわ。普通の人になりたくない訳?」

「君も知ってるでしょ? こんな能力、普通は使わない。ってか使えないよ? 使わなければ普通の人だよ。君は普通の人になりたいの? 唾吐いたら、転送出来るなんて便利じゃないの?」


あ! そういえば、ボクは転送されたのだから、何処かに鷹茶綾の唾液が付いているはずだ。今度こそ、ネットで売りに出さないと。


「……私は普通になりたい。もう利用されたくないし、犯罪にも手を染めたくないの」


切実な思いみたいだ。

勝ち誇っていた表情が一気に崩れた。眉間にシワを寄せ、拳を握り締めている。


「でも………」

「もう! つべこべ言うな! アンタに断る権利はないの? また警察を呼ぶわよ! アンタのお父さんに言えば、一発なんだから!」


それはとても困る。

父さんだったら、大義名分を与えられたみたいに速攻で警察に必ず電話する。

仕方ない。

この手は使いたくなかった。

人の道を外れるみたいで使いたくなかったけど、ボクもボクのために戦う。


「ボクにもボクの自由を守る義務がある。良いの? 君を脅す写メはここにあるんだよ? ほら。ボクの体液で汚された時の写メだ」

「あ、アンタまだ持ってたの? 消しなさいよ」

「そして、今、ゲットした君のパンチラムービーだ」

「はっ!!!??? アンタマジ、最低! 最悪! くたばれ! バラバラになって野垂れ死ね! あ、そうだ! ここ屋上だから飛んでよ。ほら飛べ飛べ」


彼女は急いで、スカートを押さえた。

そして凄い悪態を付く。

ボクが悪いかもしれないけど、ボクの自由を奪おうとする方が悪い。

そしてこの前のパンチラは家のハードディスクに保存している。クラウドにも保存しているので、例えスマホを奪わても………。


「あれ?」


握っていたはずのスマホが突如、消えた。

握っていたモノが消えると、人間の反応は面白い。空間部分を自然と握ってしまう。

そのせいで、バランスを崩して、よろめいてしまう。


「すごいでしょ?」

「君がやったのかい?」

「ええ。アンタのスマホがここにあるわ」

「唾液付きだね」

「………アンタのヤツよりマシでしょ? 拭けば綺麗だわ」

「ボクのだって、拭けば綺麗だよ」

「アンタのは拭いても綺麗にならない。汚れてしまうわ」

「つまり、君はずっと汚れているんだね。本当にごめんよ」

「………うるさい」


言わぬが仏だったようだ。


「スマホのデータは消させて貰うわ」

「パスワードも知らないのに? クラウドにも保存しているよ。家のハードディスクにもデータは保存してるよ?」

「うぐっ」


ボクの方が1枚も2枚も上だ。

彼女は悔しそうな顔をボクを睨む。睨み過ぎて、顔が真っ赤だ。赤提灯みたいになっている。可愛い女性にあんな顔をさせてしまうなんて、罪な男だ。来世は草木か昆虫に転生するのは確定したな。

はぁ。仕方ない。

ボクも男だ。

そんな顔をさせてまで、断ることは出来ない。


「分かったよ。組織に入れば良いんだよね?」

「え? いいの?」


彼女の顔が明るくなった。

赤提灯から蛍光灯になったみたいに明るい。いや眩しい。LEDだ。彼女の笑顔はとても眩しかった。

こんなことなら、最初から入ると言えば、良かったと後悔するくらいにその笑顔には価値あった。


彼女は、おそらく辛い過去がある。

能力のせいで利用されたのだろう。深くは分からない。深くは知らない。知りたくないけど、彼女はボクを救おうとしているんだと思う。ボクもこの力で悩んでいると仮定している。

そのことは言わないと。


「鷹茶さん」

「綾でいいわよ」

「鷹茶」

「なんで名字で呼び捨てなの? そこは照れながら下の名前で呼べばいいじゃないの?」

「あー別にそういうのはいいよ。君は勘違いしているから言いたいんだ。ボクはこのヘンテコな能力と向き合ったんだよ。別に無くなればいいとは思わない。無くしたいとも思わない」

「わかったわ。良いわよ。アンタはアンタ。私は私。でも組織に入って貰う。人手が必要なのよ」

「なんで?」

「人助けよ。アンタは能力を消したくない。と思っても、消したいって思う人間は結構いっぱい存在するのよ。それとね。悪用しようとする組織だってある」


へぇ。

そういうのはアニメの中だけと思ったが、実際にあるのか。


「ボクは何をすればいいの? オシッコで何を転送すればいいの?」

「それは止めて。本当に止めて。アンタは取り敢えず、私預かりってことで私の管理下に置くことにするわ。組織にはもう話しているし」


意外に勝手だ。

彼女の管理下ってことは、彼女の部下みたいで嫌だなぁ。


「他には仲間? 組織の人はいないの? 他の能力者に会いたいなぁ」

「いないわ」

「いない?」

「今の所、能力は私とアンタだけよ。今の所」

「それ、組織なの?」

「組織よ。ちゃんと組織と連絡は取れるし。任務もあるわ」

「任務って?」

「それを今から言うわ」


少しだけ軽率だった。

任務という言葉だけを聞けば、多少なりドキドキはしている。でも管理下はやはり嫌だなぁっと思うボクがそこにいた。

屋上は、空がこんなに広い筈だけど鳥かごに放り込まれ、飛べない鳥のような気持ちだった。

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