第4話  ある村、ただの父

 フィリーア教王国、東端。


 イスマニア大陸東に位置する一部地域は、只人ただびとより獣人などの亜人種の比率が多い。聖都フィロソフィスのような石畳いしだたみ舗装ほそうされた道を持つ都市。各種族独特の文化を土台とした別世界のような都市もある。


 そんな東部の都市郊外、灯台要塞ポースフォスへと続く街道沿いの小さな村。


「お父さ~ん!」


 額から一本の大きな角の生えた少女が草原を駆ける。


「ミア」


 ミアと呼ばれた少女の先。こめかみの辺りから左右一本ずつの角を持つ痩身の男が粗末な小屋で作業をしている。


 名をグレイ。フユミ村で神父をしている男。一本角の娘と妻に囲まれ、村の有力者だが、慎ましく暮らしている。


「ミア、お父さんお仕事中なんだから邪魔しちゃダメよ」


 娘に続いて、同じように額に角を持つ女性が来る。ナタレア。グレイの妻である。


「え~お父さん。いつもお仕事してて、つまんないよ~」


 愛娘に袖を引かれ、グレイも顔がほころぶ。


「ごめんな、ミア。あと少しで終わるから、そしたら一緒に遊ぼうな」


「約束だよ?」


 小さな可愛らしい小指をミアが出してくる。

 最近子供達の間で流行はやってる約定のしるしらしい。聖都の新しい聖女様が広めたのだとか。


「あぁ、約束だ」


 娘に微笑みかける男の顔には確かな幸せが映る。少し離れたところで妻がその光景を嬉しそうに見る。


 妻の少し金色の混じった白髪は娘にしっかり受け継がれ、それでも娘の瞳は自身と同じ灰色で。グレイにとって、妻との分け身のような娘はたまらなく愛おしい。

  

 有角ゆうかく族。グレイ達、特徴的な角を頭部に持つ少数種族。その大きな角には精神の核なるものがあるらしく、全種族でも有数の魔法適性を誇る種族である。


 そのため別名、魔族まぞくと呼ばれる。


 生活にゆとりがある訳では無いが幸せな生活。何時までも続いて行くと思っていた。


 ある日、村が襲われた。


 多種族より構成された盗賊団。目的は死体。有角族はその角が魔法触媒やその増幅器として使える為に有史以来度々その命をおびやかされてきた。


「ナタレア。ミアを頼む」


 妻に娘を任せ、灯台要塞へ避難させる。グレイはというとその時間稼ぎの為に、自警団と共に戦わなくてはならない。


「あなた……無茶しないでね」


 身を案じてくれる妻に心配を掛けまいと虚勢を張る。


「あぁ、大丈夫さ」


 笑顔を作り、妻と娘、二人の頭を撫でる。怯えきってしまっている娘は母親にしがみついている。


「ミア、大丈夫。お父さんが悪い人達追っ払ってくるから」


 できる限り娘の不安を取り除いてやりたいが差し迫った状況がそれを許さない。自警団が集まっている場所に向かう。


 有角族は全種族有数の魔法適性を持つ種族。むしろ自警団のみで盗賊団を撃退できる。今回も何とかなると、そう思っていた。


 盗賊団の先頭、フードを深く被った人物。露わになった両腕に異様な刺青。それは呪術師が身体に刻む独特の文様。呪術刻印。


 フードがとれる。大きな角。同胞だ。

 憎悪に濡れ、歪んだ瞳。纏う刺青は炎をかたどる。それは憎しみの炎か。


 余りにも実戦的。無詠唱でかざされた腕から放たれる炎に、自警団の男達が何人も焼かれた。その間隙を縫うように犬系の獣人や人間が襲い掛かってくる。


 男達の応戦虚しく、瞬く間に村は蹂躙じゅうりんされる。自警団の殆どは殺された。


 グレイを含めた村の有力者は捕縛され、村の広間に集められていた。捕縛者の輪の中心に、フードの呪術師。


「ノルン……」


 村の有力者達、一様に驚きはしない。呪術師ノルン。同族をにえとした呪術を行い追放されたこの村の出身者。


「どうも、お集まりの皆々様」


 道化のような大仰な仕草。こちらを小馬鹿にしたような笑みを貼り付けて。


「今宵は無駄な抵抗為し得ず、ご愁傷様です~」


「貴様、同族をこんな目に遭わせ恥ずかしく」


「うるさい」


 ノルンが刺青だらけの手を激昂している村長へかざす。


「ぁぁぁあぁあぁああ!」


 老人の絶叫。人が焼ける、酷く不快な匂いがグレイの鼻にも来る。どうか妻と娘がこうならないように、グレイの頭の中はそれでいっぱいだった。


「あ~あ、村長やっちまった。じゃ、いいや。次だ」


 部下と思われる盗賊に指示を出し、捕縛された一同が凍り付く。


「な……!」


 捕らえられていたのは、逃がしたはずの人々。捕縛している盗賊達が持っている物。抵抗したのだろう、何人かの生首。


「貴様らァ!」


 怒声。縛り上げられた自らの腕が折れても構わず、強引に縄を引き裂きノルンに襲い掛かる男もいたが直ぐ身体を焼かれ、角を切り取られる。発狂して自らの角を折ろうとする者もいた。


 殺された者たちの角は根元から断ち切られ、死体は無造作に捨てられる。薪のように角が詰まれる中、まだ角の成長しきっていない子供達は生首にされていた。その方が持ち運び易いからからだろう。


 角を切られた有角族は植物状態になってしまう。殺すのはせめてもの慈悲なのか。


 女達の行き先は、想像に難くない。娼館に売り飛ばされるか、と呼ばれる魔法研究者の実験材料にされるのだ。


 多くの同胞が屍となる中、グレイはまだ生きていた。遠目に見た妻子を助けるため彼は諦める訳にはいかなかった。縛り上げられたグレイに、盗賊達もノルンも注意は向いていない。それを見計らい、詠唱。


「創造神に捧げる。我は愛しき人々を守らん。ここに……」


 魔法の本質、感情の増幅による術の強化。いのちを差し出す先を述べ、起こすべき事象でつなぎ、自らの武器を言葉にすることで魔法は成立する。そしてより大きな力を望むなら、


『足りないなぁ』


「?!」


 声と共に、世界が止まる。


 先程まで聞こえていた怒声、悲鳴。その全てが消える。グレイの真正面。誰も動かない無音の世界に、真っ白な少女がいた。


 髪、服装、肌。その全てが色を失ったように白く。ただ瞳だけがあおかった。


『足りないよ、神父さん』


「あ、あなた様は……」


 もし現れたのならば、それは奇跡。


『創造神フィーリア。あなた達が信仰してる神様だよ』


 与えられた役割などただの父親で、少し魔法が使えるだけの神父。地獄のような光景で。


 彼は神に会遇かいぐうした。

 


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