第3話 決勝戦、魔法

 この世界にて、魔法は存在している。


 術者の精神力に大きく作用される代物しろもの。種族差こそあれ大抵の人型種族には生来備わっている機能。量・質には個人差があり、術者の感情によってその性質を大きく変える。正の感情なら奇跡に、負の感情なら呪術へと呼び方が異なる。


 発動条件さえ知ってしまえば誰でも用いる事の出来る強力無比な力。


 少年の眼前には女騎士。右手には細身の刺剣しけん、左手には短剣ダガー。右手の刺剣のつかには特殊な文様。彼女が構えた瞬間、刺剣がほのかに光る。


「ッ!」


 少年が感じる。本能の警鐘けいしょう


「貫け!」


 彼女が叫び、刺剣を突き出す。少年は反射的に左手の義手を起動。てのひら、手首部分から爆発的な威力を伴いアンカーを射出。地面に刺さったアンカー起点に左へ跳び、寸での所で儚い白色の光柱をかわす。


「これをかわすか!」


 楽しそうなのはさすが軍人と言うべきか。本来、魔法の起動には合図となる詠唱が必要。それを省略できるほどの実力がこの女騎士はあることになる。


 アンカーの巻き取りの勢いに乗せ、メイスで殴りかかる。当然のように女騎士は躱してくる。縦振りでは当たらない。メイスの横振りに合わせ、アンカーを引き抜きむちのようにして攻撃。


 メイスは躱され、アンカー先端は彼女の左手のダガーに弾かれた。アンカーを弾くと同時に刺剣での反撃。


「ッ」


 彼女の刺剣を右肘と右膝で挟んで止める。


「貫け」


 止めた筈の刺剣から、光柱が射出される。


「ッッーー」


 直前、少年は身体をひねって躱したが、右脇腹の皮鎧は一緒に編み込んでいた鎖帷子ごと焼け落ちている。幸い皮膚の表面を少し焼くほどでダメージはそこまで無い。


「ほう、これも躱すのか。さすがはこの闘技場の王者、少し落ち込んでしまいそうだよ」


 なんて冗談飛ばしてるが、女騎士の軽々とした体術。それは実戦と訓練で培われ洗練されていったのであろう事が分かる。獣じみた少年の戦い方では対処しづらい。


 追い詰められている。少年の心中に、徐々に焦りが広がっていった。



~観覧席~



「な?!」


 時は少し巻き戻る。少年がその義手に仕込まれたアンカーを用いた時。


「何だ、あれは?」


 ユースが驚いているのは魔法の存在では無い。少年の義手、アンカーの射出装置が出した爆発的な力。


火薬ガンパウダーがこっちにもあるっていうのか?」


「乾パンでしたらございますよ?」


 聞き間違えたリリーが小首をかしげているのが可愛い。


「よーしよしよし。リリーはそのままで居てね~」


「え? 何ですか、いきなり」


 困惑するリリーの頭をワシワシと撫でて心を落ち着けるが、心中穏やかで居られない。


「あの少年には、生きて貰わなきゃ困るな」



~闘技場内~



 互いの実力が拮抗きっこうしているが故か、双方の顔に疲労が見え始める。 


「貴公みたいな男が私の部下だったらな……」


 女騎士の一言。それは買いかぶりすぎではないだろうかと少年は思う。少年は闘技場の戦闘は経験したことがあっても、敵味方入り乱れるを経験したことが無い。


「決め手に欠ける。だが、やるしか無いか……」


 女騎士は短剣たんけんを後ろ手に、刺剣を正面に構える。息が上がり、追撃するだけの体力が今の少年には無い。息を整えられない。


「創造神にたてまつる。我は異敵いてきを貫かん。ここに剣を」


 女騎士の詠唱、同時に刺剣が極光をまとう。


「ッッーーーー!!」


 少年は舌無き口で絶叫する。お互いに、ここで決着を付けようと自身の最大火力を出そうとしている。前屈みになった少年の口から、ドス黒い何かが吐瀉としゃされる。少年の口からは剣のつかのようなものが見える。


 互いの呼吸が合ったとき、敵を殺さんとする力がぶつかり……


「はーい。止め~!!」


 ぶつかりはしなかった。観覧席から、亜麻色の髪をした少女が試合に水を差す。


「なっ!」


 審判達も観覧席を見つめ、力の使いどころを失った二人の戦士は困惑していた。


「今回の闘技、お二方とも見事。されど、されどね!」


 まるで物語りを謡う吟遊詩人のようにユースは語る。


「私の聖騎士には、闘士ウィル! 君になってほしい」


 どよめく会場。驚愕する審判。そして何より、納得出来ない戦士がいた。


「ッー!」


 首を激しく横に振り、少年は名誉の叙勲を否定する。


「……貴公」


 そんなウィルの姿を見て、女騎士は少し笑った。


「え! ダメなの?!」


 観覧席のユースが愕然として居る。


「ナターシャ! 君にはウィルの教育係をお願いしたいんだけど!!」


 落ち着かせようとするリリーを押しのけ、なおもユースは続ける。


「フフッ」


 その様子を見た女騎士が微かに笑う。そして少年に向き合い語る。


「なあ、貴公。此度こたびの聖女様は何だかとても面白い。そんな聖女様の聖騎士は貴公が相応しいと思うんだ。どうだ、一緒に仕えないか?」


 まさかの提案に、少年は瞠目する。


「ちょっと! 聖女様、ワガママはメッですよ!」


 国の権力さえ及ばない人物が、お付きのシスターに怒られている妙な光景がそこにはあった。


「嫌だ嫌だ! 二人とも欲しいんだもん!!」


 まるで子供の我が儘だった。


「っと聖女様も言っているが、貴公。どうする?」


 女騎士の表情は晴れやかで、先程の闘技の不完全燃焼は感じない。


「闘技だったら気にするな。教育係になるのだ、また手合わせしよう」


 少年の心中を読んだかのような発言に、


「……」


 納得した少年は頷いた。





創歴1425年

『正義』の聖女、ユース・ティーツィア・スプリチウム。


 御前試合、決勝戦。勝者無し。

 されど聖騎士は選ばれた。


 聖騎士、ウィル。

 後の聖典は彼をこう記す。


不語かたらずの聖騎士』と。








 


 




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