第10話

 天井裏に潜むロドルフォは通信を終えた老婆がどさりと椅子に腰掛けるのが分かった。そして、老婆の大きなため息が聞こえる。しばらく様子を伺っていると老婆が椅子から立ち上がり、部屋を出ていくのが分かった。

 

 ゆっくりと天井裏を移動するロドルフォ。その闇の中で彼の双眸がぎらりと光る。

 

 潜入捜査。

 

 彼の得意分野の一つである。建物内部へと潜入捜査や犯罪者やテロリスト達の仲間になりすましての潜入捜査。常に危険と隣り合わせ。特に仲間へとなりすましての潜入捜査はぼろが出れば捕らえられ殺される事も考えられる。しかし、彼はそれを平然と遣りこなす。肝も座っている男なのだ。また、普段から眠たそうな眼をしているポーカーフェイス。特殊な訓練を受け続けた結果である。

 

 すると老婆が別の部屋へと入っていく。その部屋の天井裏で気配を殺し潜むロドルフォ。その部屋には老婆の他に三人の人間がいた。

 

「母さん、随分と慌てた様子でどうしたの?」

 

 老婆と違う声の主。女である。という事から娘なのだろう。声からしてまだ若い。

 

「どうしたもこうしたもないよ。特務部隊の連中がアンへリカを引き取るって言い出したんだ」

 

 老婆の声。苛立っている事が分かる。

 

「アンへリカを?あの子、逃げ込んだの?」

 

「否、それはないだろう。自分の両親が特務部隊の前隊長と前衛生班班長だったとは知らないはずだからね。大方、散歩途中でみつかっちまったんだろう」

 

 忌々しそうにそう言う老婆に、先程とは違う女の声が返した。

 

「あの子は見た目だけじゃなくて、その血統も悪くないから、高値で取り引きできたんだから……どうにかして取り返さなくちゃねぇ……」

 

『高値で取り引き……か。やはり、人身売買は司教が死んだ後も続いている』

 

「で、これからどうするの?まさか、特務部隊と喧嘩する訳には行かないでしょ?」

 

「そうよ、母さん。あの雇った人達はどうしたのよ?」

 

 どうらや、老婆と二人の女は親子らしい。

 

「なぁに、連絡済みじゃで。特務部隊の相手はあ奴らがする……」

 

「流石は母さん、抜け目ないわね……ふふふ、特務部隊とは言っても僅か数人。本隊相手ではないしね。夜にはアンへリカも戻ってくるでしょうね」

 

「しかし、特務部隊の犬共め……せっかく司教が死んで我らの取り分が大きくなった頃にやってきおって」

 

『やっぱり、こいつらが後を……しかし、あ奴らとは?特務部隊俺ら相手に渡り合える者共が仲間にいるのか?』

 

 特務部隊は公安部所属の部隊であるが、その任務の特殊性から戦闘訓練も厳しく、一対一、もしくは少数同士なら軍部所属の特殊部隊にも引けを取らない実力者ばかりである。その特務部隊とやりあえる者が、この孤児院にいるというのは信じ難い。いるとするなら傭兵の類いであろう。だが、裏で人身売買や売春をして稼いでいるとしても、質が高く実力のある傭兵を何人も雇える程の財力があるとは思えない。

 

『裏で糸を引いている奴がまだいるな……それも……かなりの権力者』

 

 ロドルフォは部屋の中へと意識を集中しながらもあらゆる可能性を探していた。

 

 ぞわり……

 

 背中に冷たいものが走った。

 

 その瞬間、ロドルフォがさっと体を横へとずらす。すると天板を突き破り、数本の苦無くないがロドルフォの体を掠めて張りへと刺さった。

 

 いつ投げた?

 

 確かに天板を挟んでいたとはいえ、部屋の中へと意識は集中していたロドルフォ。だが、それを感じさせる暇も与えずロドルフォのいる所へと苦無を投げてきた。

 

 ロドルフォが張りへと刺さった苦無を抜く。この辺りでは見かけない形をしていた。

 

「いるんだろう?出てこい」

 

 有無を言わさない口調。ぽりぽりと頬を掻くロドルフォが天板を一枚剥がすと音もなく部屋の中へと降りた。

 

 老婆とその娘であろう金髪の二十代半ばと後半の女、そして、雪の様に白い肌をした黒髪の若い女がいた。異国の女。ロドルフォに声をかけたのはその黒髪の女だろう。氣は抑えてはいるが、他の三人とは明らかに異質の氣であった。ぽりぽりと頭を掻くロドルフォ。その眠たそうな目で女を見ている。

 

「特務部隊の斥候せっこうかい?」

 

 老婆の問いに無言でいるロドルフォ。そんなロドルフォに構わず娘達が黒髪の老婆へ向いた。

 

「まぁ、良いわ……少し痛い目にあわせて喋ってもらいましょうよ」

 

「片腕位は切り落としても罰は当たらないでしょ?」

 

 老婆の娘達がにたにたと下品に笑いながらロドルフォへと言う。

 

「片腕が無くなるのは辛いね」

 

 相変わらず眠たそうな目をしているロドルフォが答えると、老婆と娘達は更に下卑た笑いをその顔いっぱいに広げている。

 

「それはあんた次第だよ?」

 

「そうかね」

 

「そうさ……殺っちまいな、紫陽花あじさい!!」

 

 老婆が紫陽花と呼ばれた黒髪の女へと声を掛けた。紫陽花が腰に帯刀している刀を抜く。

 

「参ったねぇ……」

 

 ぽりぽりと頭を掻くロドルフォもレイピアを抜いた。すらりとした細身の長剣。それを真っ直ぐに紫陽花へと構えると、片方の手を腰の後ろへとまわした。

 

「やるってのかい?」

 

 老婆がロドルフォを睨みつける様にして見ている。娘達は相変わらずにたにたと笑っていた。

 

「やらなきゃ片腕が無くなっちまうんでね」


 仕方なさそうに言うロドルフォに、紫陽花がその間合いへと詰めてくる。しかし、真っ直ぐのびているレイピアのせいでなかなか踏み込めない。下手に斬りつけると、レイピアの刺突が紫陽花の体を貫く。

 

「何してるんだいっ!!さっさと殺っちまいなっ!!」

 

 老婆が叫んだ。甲高い金切り声。しかし、紫陽花の表情はぴくりとも動かない。相当の使い手である事は対峙しているロドルフォには分かる。だが、ロドルフォも腕には自信があった。現在の特務部隊の中でもその踏んだ場数は一、二を争う。それだけ過酷な任務をこなしてきたのだ。

 

「悪いねぇ……婆さん達。俺も死にたくないんでね」

 

 とんっと床を蹴ったロドルフォ。構えたそのレイピアのきっさきが紫陽花を襲う。紫陽花は自分の喉元目掛け向かってくるレイピアを跳ね上げ、その懐に飛び込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Rebelde de dios ちい。 @koyomi-8574

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ