第13話

 人生で初めての入院生活が終わる。

 正直、入院だなんて思えないほどに居心地が良く

 家に帰りたいとすら思わなかった。

 気軽に話せて信じてくれる友達もできた。


 この入院の目的である、人格の詳細とゆうものが分かったのかは分からない。

 そもそもカウンセリングを受けた記憶があまりなく、

 きっと別の人格が受けたのだろうと勝手にそう思っている。


 

 “コンコン“ とノックが鳴り扉を開けると結城先生が立っていた。

 まとめるほどの荷物を持っていなかったので準備は楽だった。

 バック1つを片手に、この部屋を去る。


 最後に振り返り視界に入る部屋はやっぱり素敵で、少し寂しかった。


 階段で1階へ降り、重症患者の病棟を端まで歩き長い廊下を通る。

 ここに来た時の格好で逆の道順を通っていることが不思議で仕方なかった。


 カウンセリング室へ案内されイスに座ると、この三日間で分かった人格の詳細が書かれた紙をもらった。


 そこには4つの人格が存在しているとゆう事。

 そしてそれが6歳の女の子、明るくてしっかり者の女子大生、教師と名乗る男性、そして凶暴な人格は女性でレイとゆう名前だとゆう事など詳しく書かれていた。


 自分の中に小さな女の子や男性まで存在している事に驚いた。

 私をキラキラとした世界へ連れて行ってくれた人格がいる事、そしてそれらを全て奪った凶暴な人格がいる事は分かっていたけど。


 結城先生と話し合った結果、治療を1週間後に決めた私は病院を出た。


 お見送りにゆりが外へ来てくれていたから、フェンス越しに少しだけ話し歩き出した。


 また会おうねと約束をして。


 治療までの1週間、無難に当たり前の日常を過ごし、ただ日が流れるのをじっと待っていた。


 時々記憶をなくしながら。

 

 そして待ちに待った治療当日。

 昨日早めに寝たせいかとても目覚めが良い。

 セットしていた目覚ましの時間よりも早く起きてしまい、

 何だか遠足を心待ちにしている小学生みたいだ。



 “再度入院することになるはずだ“

 そう言われていたから何日か分の着替えも準備した。

 この前みたいにならないように化粧道具もしっかりとカバンに入れてある。


 治療そのものも楽しみだが、ゆりに1週間ぶりに会えると思うと余計に嬉しくなる。


 少し余裕を持って家を出た私はいつもより多い荷物を持ち、

 いつもと同じ道を通って駅へと向かう。

 そして同じ景色を見ながら同じ駅で降りて

 同じ番号のバスに乗り、病院の最寄りで降りる。

 

 何故だかお気に入りの林を抜けると見えてくる。

 

 「やっぱりここは不気味」


 どうしても慣れることができない病院の雰囲気。

 中に入り受付を済ませると一時して結城先生がやってきた。


 「お久しぶりです。今日は宜しくお願いしますね。」

 

 「宜しくお願いします。」


 「じゃあ行きましょうか」

 結城先生はそう言うと歩き出した。


 そして見慣れた道を通り階段までたどり着くと地下へと進み部屋らしき所へ案内された。

 そこは見渡す限り白で統一されており、正直あまり落ち着く部屋ではなかった。


 部屋の奥には先に来ていた須藤先生がいた。

 目が合いペコリと頭を下げると同じように頭を下げてくれた。


 そして結城先生は予め用意してあった服を私に渡すと

 「奥に部屋があるのでそこで着替えてください。

 荷物も全てロッカーに入れてくださいね」と案内してくれた。


 服はいわゆる術着のような軽くて楽な物。

 言われた通りに着替えを済ませ荷物をロッカーに入れ戻ると

 外で待機していた須藤先生と目があった。


 何か言いたそうな雰囲気だが目が合うとすぐに逸らされてしまう。

 そのまま結城先生のいる所へと進むと治療の流れを再度説明してくれた。


 「まず最初に横になった状態で手と頭に機械を取り付けます。

 その後入眠剤を打ち普通の睡眠よりも深い、意識を失った睡眠状態を作ります。

 大体30秒ほどで意識がなくなりますので、

 意識がなくなったのを確認後、脳へ電気を流します。

 そして脳波信号とプログラムを繋げ映像化し一つずつ人格を消していきます。

 全ての操作が完了するまでは脳へ電気を送り続けることになります。

 なので目を覚ますタイミングは人によって違います。

 ただ目を覚まさないとゆう事は決してありませんから安心してください。」


 「はい。これで私変われるんですよね。

 また一から人生やり直せますよね。

 目が覚めた瞬間から今までの私じゃない、新しい自分として生きていくんですよね。

 少し怖いけど、それ以上に楽しみなんです。

 早く生まれ変わりたい。

 結城先生、宜しくお願いします。」



 私の緊張を解すかのような優しい笑顔に少し気持ちが楽になった。

 ベッドに横になると沢山の機械があっとゆうまに私の体へと繋がれた。

 そして腕に注射をされると段々と遠のいていく意識の中、奥の方から声が聞こえた。


 「先生、今ならまだ間に合います。

 何かあってからじゃ遅いんですよ。

 このプログラム……開発途中じゃ……ですか。

 ……これは……人体実験……目を覚ますか……分から……」


 開発途中、人体実験、その言葉を耳にした時にはもう遅く

 体には力が入らず、声を出すことも出来ない。

 

 須藤先生が私にどうしても言いたかった事、

 そしてこの治療へ反対していた意味がようやく分かった。


 でももう私は逃げることもできない。

 今から行われるのは治療なんかじゃない。

 私を使った人体実験なんだと絶望、そして恐怖心を抱く中

 暗闇に吸い込まれるように落ちていった。





 「望月さん、望月さん!聞こえてますか?」


 この声が過去の事を思い出しながら、ボーっとしていた私の意識を現実に戻してくれた。

 呼び戻された意識、取り戻した記憶。


 真っ白な眩しいくらいの部屋、そして目の前には私の体を実験台にした張本人が優しい目をして座っている。

 善人の仮面を被った悪魔だ。

 私はこの人を信じて治療を受けた。

 信じられると思った。

 この人なら私の病気を治してくれると。


 でもそれは私の勘違いだった。

 この人は最初から私を実験台としか思ってなかったんだ。

 

 「話、続けますね」

 そう言われた私は、“コクリ”と頷く事しかできなかった。


 「入眠剤がしっかり効いたのを確認後、電気を脳に送り始めました。

 すぐに脳波を拾う事ができたので事前に作っておいたプログラムを繋ぎ人格の操作を行いました。

 まず、人格一つずつを擬人化しキャラクターとして映像の中で動かし、

 そこに人格を消す役目のキャラクターを送り抹消させました。

 魂は目や鼻口から自由に出ることができると考えられるため、その出入り口を完全に塞ぎました。

 そして望月さんの中に存在した4つの人格の抹消をしっかりと確認することができたのでプログラムを終了しました。


 これからは人格に左右されることも無いですし、それに伴う記憶の途切れや

 身に覚えのない事で責められる事もありません。

 望月さんの体は、望月さんの意思でしか動かすことができません。


 ただ、一度自分の中へ無意識に人格を作り出してしまった人は

 また自分の意思に反して別人格を生み出す可能性は否定できません。

 この病気が完治することはないので、

 しっかりとしたアフターケアが必要になります。


 強いストレスがかかったり、鬱状態が長く続くと

 自分自身を守るための防衛本能が働き、人格が生まれる可能性があるんです。

 定期的にカウンセリングを受け、必要な時に必要な治療や薬を使って

 心のバランスを見ながら安定した生活を送って頂きたいと思っています。


 病院への受診は今まで通っていたかかりつけの所でも、

 引き続きうちに来て頂いてもどちらでも大丈夫です。


 最後に、これからは自分自身を沢山愛してあげて下さい。

 大丈夫だよ、できてるよ、頑張ってるよって。

 人は人、自分は自分。

 得意な事、苦手な事は人それぞれありますから。

 完璧な人はいないって気楽に笑って過ごして下さい。」



 「はい。ありがとうございます。」



 笑顔で、優しい声で、私を心配して言葉をかけてくれている。

 医師として当たり前の事をしているだけなのかもしれないが

 それを嬉しく思う自分がいた。

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