第12話


 裏切られたと感じるのは、その人を信頼、期待しているからこそ。

 そもそも何とも思っていない人へは裏切られたなどの感情を感じる事すらない。


 まだ出会って間もない結城先生の事を何故こんなにも信頼しているのだろうか。

 まるで洗脳されているかのように、自分の人生への選択を一瞬で決めてしまうなんて。

 今までの私には考えられない事だった。



 最低でも一日に一回は行うカウンセリング。

 今までと同じ部屋で、リラックスした状態で。


 「慣れましたか?お話ができる友達もできたみたいですし、少し安心しました。

 あと…、部屋の居心地はどうですか?しっかり寝れてますか?

 望月さんが使ってる部屋、つい最近改装したんです。

 患者さんがよりリラックスできるようにって。

 ちょっと感想が気になってました。」


 笑顔で優しい落ち着いたトーンで緊張を解すかのような最初のこのゆるい感じが私にとって安心して話ができる、一つの要素であるのかもしれない。


「部屋の居心地は凄く良いです。

 ホテルみたいで入院って事を忘れそうになります。

 ご飯も凄く美味しくて多分いつもより食べてしまってて、帰る時少し太ってるかもしれないなって正直怖いです。


 食堂で話しかけてくれた女性とも仲良くなりました。

 ゆりと話してると楽しくて、高校の時に戻ったかのような気分になるんです。

 懐かしいなって、何となく居心地が良くて元気を貰えます。」


「そうですか。それは良かった。

 ゆりさんも楽しそうで相性がいいんですねきっと…………。」


 

 私の記憶はここで途切れてしまった。

 私は気付いたら部屋に戻ってきていた。

 どうやって戻ったのだろうか。

 自分で歩いてきたのかそれとも先生に運ばれたのか何一つ覚えていない。


 あ、そうだ、カウンセリングの途中で猛烈な睡魔に襲われたんだ。

 先生の話の途中で、意識がなくなって、そこからの記憶がない。


 そんな事をボーとする意識の中考える。

 陽の光が煌々とさす部屋の中、波のように押し寄せる睡魔に勝てず私はまた眠りについた。



 そして長い長い眠りから覚めたのは、

 日付が一日流れ、月をも感じられる薄暗さの中だった。

 24時間とゆう長い間の記憶が欠けていたのだ。

 

 こんな事は初めてだった。

 今までも数時間の記憶が途切れることはたまにあった。

 でも一日もそれが続くなんて。


 恐らく別の何者かが私の体を支配しようとしている事に違いない。

 自分が自分じゃなくなる恐怖や不安が私の心を締め付ける。


 気を紛らわす為にシャワーを浴びようと服を脱ぐと自分でも驚く姿が鏡にはっきりと映し出されていた。

  

 私はただただ呆然とシャワーに打たれ続け、

 何故か止まらない涙も一緒に流してくれた。


 シャワーから出ると夕食の時間になっていた。

 ざっと軽く髪を拭き私は部屋を出た。



 そして2階に降りてすぐに感じたこの視線。


 私は知っている。

 前にもあった。

 こんなこと。


 すぐに分かった。

 「あ、また私やらかしたんだ。」


 冷ややかな私へ注がれる視線。

 いつにもなく冷静な自分。

 慣れって怖い。

 そう思った。


 「とりあえず、ご飯をさっと済ませよう。

 あ、持って帰って部屋で食べるのも有りだな。」


 そんな事を考えながら食堂までの廊下を歩いた。


 食堂に入ってからも変わらず続くこの視線。

 私が近づくと、周りが分かりやすく逃げる。


 私は一体何をやらかしたんだろう。

 この感じだときっと派手に暴れたのだろう。


 「暴れたのは私じゃないよ。」

 

 そう言いたかったけど、言っても信じてもらえない。

 そんな事分かりきっている。


 今までもそうだったから。

 期待なんてしない。

 自分が辛くなるだけだって分かってるから。


 やっぱり私は、どこに行っても結果は同じ。

 自分で頑張って作り上げても簡単に壊されてしまう。



 私は容器を手に取りここで食べる最後の夕食に

 好きな物を好きなだけ、彩りなんて気にせず詰め込んだ。


 パンパンになった容器とお箸を握りしめ食堂を出ようとした時、

 「さくらっ!」

 

 私を呼ぶ声がした。

 その声がゆりだと一瞬で分かった。


 振り返ると笑顔で私に手を振るゆりがいた。

 沢山の人がいる中、ゆりしか視界に入らなかった。


 その視界も段々と滲み、気付いたら涙が溢れていた。

 強がっていた心が解放されたかのように。


 ただ何もできずその場から動く事もなく泣き続ける私を、ゆりは優しい笑顔で抱き締めてくれた。


 「何で泣いてんの。大丈夫だから。ご飯冷めちゃうよっ。」


 そう言いながらずっと、私の涙が止まるまで。


 「あり…がとう……もう…だいじょ…ぶ」

 過呼吸になりかけ寸前の私は、途切れ途切れになりながらもゆりに伝えた。


 イスに座った私は自分でも分からないが笑った。

 ゆりを見て笑い、ゆりも笑い、


 「泣いて笑って、忙しいんだから、もう。

 私は分かってるよ。ちゃんと。理解してるつもりだよ。

 さくらの事も病気の事も。

 さくらの事を知らない人は誤解しちゃってるみたいだけど。

 みんな話せば分かってくれると思う。」


 「…大丈夫。ゆりが理解してくれてるから。

 ゆりが側にいてくれるから。

 私はそれだけで十分。

 ご飯冷えちゃったね」


 「ご飯は冷えてる方が太らないんだって〜テレビか何かで言ってた。

 味は変わんないからお得だね!

 容器に詰めたりなんかして、部屋で食べようとしてたでしょ。

 

 …でもなんか安心した。

 その彩り皆無の詰め方、私と一緒じゃん。

 こっちのが食べる時変に緊張しないから楽でしょ」


 「最後だと思って好きなの詰め込んだ。

 部屋で一人だから誰にも見られる事ないって思って」


 「油断したね。」


 「ほんと。でもありがとう」


 

 「「いただきます」」


 私たちはようやくご飯を食べ始めた。

 やっぱり冷めてる。

 でも何でだろう、今まで食べた食事の中で一番美味しく感じた。



 「…私、昨日一日の記憶が全くないの。

 その前の日、ゆりと朝食食べてカウンセリングに行ったのは覚えてる。

 でもその後の記憶がごっそり抜け落ちてるの。

 気付いたら部屋にいて、一回目が覚めたんだけど、また寝ちゃって。

 起きたのはついさっき。


 気付いたら体の至る所に傷とか痣ができてて、多分注射の痕もある。

 どうゆう事なのかよく分からなくて、降りてきたらみんなの視線も態度も冷たくて

 何かやらかしたんだろうなって思った。

 前にも似たような事あったから。

 教えて欲しい。

 私がどんな感じだったのか。」


 知りたかった。

 私が何をしたのか。

 何が目的なのか。


 きっと絶望でしかない事は分かってる。

 会社での映像も信じられないくらい自分じゃないみたいだったから。



 「暴れてた。誰の抑えも効かないくらいに。

 何をやってもダメで。

 だから最終手段として鎮静剤を注射で。

 注射の痕はその時のもの。


 すごかったよ。

 まるでアクション映画みたいに、テーブルのものガシャーンって下に全部落としてお皿も割れて

 そこら辺にある物、手に取れるものは全部投げて、叫んで威嚇して、

 私の知ってるさくらではなかった。

 

 さくらが暴れてるように見えるけど、これはさくらじゃないなって思った。

 誰なんだろう、何が望みなんだろうって。

 でも安心して、怪我した人は誰もいないから。


 さくら、先生たちに抑えられても振り解こうとして体を色んな所に打ちつけてた。

 割れたお皿の上に倒れ込んだり、だから傷や痣が残ってるの。」


 「…ほんと恥ずかしい。

 でも誰も怪我してなくて良かった。

 早くこんな自分とさよならしなきゃ。」


 いつもならもっと話していたはずだけど、今日はもう無理。

 みんなからの無言の圧と、申し訳なさから早めに部屋に戻った。


 明日はいよいよ退院の日。

 三日間なんてあっとゆうま。

 特に私はその半分は記憶がないから尚更で。

 

 この快適な暮らしともお別れかと思うと何だか名残惜しく、

 ゆりと過ごす時間がなくなると思うととても寂しかった。

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