第11話


 食堂で出会ったテンション高めの彼女。

 名前はゆり、そしてまさかの同い年。


 私たちは自分の事や病気の事、そして家族や友達の事を話し気付いたら食べ終わってから数時間が経とうとしていた。

 もちろん賑わっていた食堂には私達の声しか聞こえない。


 そろそろ戻ろう、また明日。

 そう言い、食堂を出てゆりの部屋の前で別れた。


 そして扉を開け上に行こうとした時、下から扉の閉まる音と同時に話し声が聞こえてきた。

 その男の人の声は大きく、少し興奮しているように聞こえた。


 関係ない、戻ろう。

 そう思ったのに、男の人の発した言葉に足が止まった。


 そしてもう一度聞いてもそれは変わらなかった。

 私の聞き間違いではなく 「望月さん」 と

 私の名前をはっきりと。


 自分の話を聞き覚えのない声の人がしている。

 それも興奮気味に誰かに必死に。


 バレないように音を立てず私は盗み聞きをしてしまった。


 「そんなこと僕にはできません。望月さんにはちゃんと説明したんですか?ちゃんと了承を得ているんですか?

 本当にあのプログラムを使用されるんですか?僕は反対です。まだ早いと思いますよ。あれは……」


 声を遮るように鳴った着信で話は強制的に終わった。

 そして電話に出た人の声は多分、結城先生。

 私の事を話しているとゆう事も加えると間違いないだろう。


 さっきの話は何のことだったのだろうか。

 プログラムを使用することへ何の疑問があるのだろうか。

 まだ早いとゆうのはプログラムを使うほど重症ではないと、そう言いたいのだろうか。

 

 部屋に戻っても頭から離れないさっきの話。


 気にしないようにしよう。

 なるようになる。

 治療を受ければ自由になれるんだ。


 そう言い聞かせても心は正直で、明かりを消しても頭の中で繰り返される言葉に寝れずにいた。


 気付くと時刻は朝7時、カーテンの隙間からは薄ら光が漏れ

 外から聞こえる鳥の声が一日の始まりを告げていた。


 結局、私は一睡もできずに入院2日目を迎えてしまったのだ。

 ベッドのせいで寝付けなかったとは、嘘でも言えないほどに最高なベッドから重い体を起こし洗面台へ向かった。


 鏡に映った自分の姿は精神に異常がある患者そのもので、やはり自分は病気なのだと再確認させられたような気分だった。


 突発的に決めた入院だったため普段使っている化粧道具は一切なく、いつも持ち歩いているリップだけがバックへ入っていた。

 仕事をしている時は化粧直しに多少のコスメを持ち歩いていたのだが、今はそれすらない。


 寝不足でできたクマを隠すことも出来ず最悪な顔で食堂へ行く事になる。

 唯一持っていたリップをカラー付きの物を選んで買った、過去の自分を褒めてあげたいとさえ思った。


 朝食の時間は8時から10時。

 こんな状態でも当たり前のようにお腹は減る。

 私は用意されていた白いトレーナーと黒のスエットのズボンに着替え部屋を出た。


 食堂に着くと先に来ていたゆりが奥のテーブルから手をひらひらさせていた。

 私は駆け寄り「おはよう」と挨拶をすると、

 ゆりは開口一番に「寝不足じゃん」と一言。


 期待を裏切らないゆりの発言が面白くて、寝不足で酷い顔だとゆう事も一瞬で忘れられた。


 料理を取りに行くと、ゆりは私がお皿へ並べたものを同じ配置で自分のお皿へと並べ、全く同じプレートが出来上がっていた。

 「私これあんまり好きじゃないんだけど…」とブツブツ言いながら。


 テーブルに戻ったゆりは、

 「これ、本当にお店のメニューにあってもおかしくないよね」と満足そうにお皿を眺めていた。


 そして大きく目を見開いたゆりが私の方を見ながら思い出したように、問いかけた。

 「そういえば、なんで寝れなかったの?」


 隠す事でもない、話した方が楽になるかもしれないと思い私はゆりと別れた後の事を詳しく話した。



 「昨日、部屋に戻ろうとしたら階段の下の方から話声が聞こえてきて、少し興奮気味で声も大きくて聞きたくなくても聞こえちゃうレベル。


 そしたらその人が言ったの私の名前を。

 自分の話だから気になって、ダメだって分かってたけど盗み聞きした。


 今思えば、聞かなかったら寝不足になる事もなかったのになって思うけど、その時は気になってつい。


 その人は私が受ける予定のプログラムの事で揉めてるような、そんな感じだった。

 まだ早いとか、反対だとか、よくないとか、とにかくマイナスな事。


 正直考えても何も分からないけど、分からなかったけど、

 私が出した答えが、もし間違えてたらとか良くないように考えちゃって

 それで全然寝れなかった。

 だからこの歳にもなってオールしちゃった結果がこの顔。」



 「そうゆうことか…。

 不安要素があるなら、納得出来るまでもう一度詳しく聞いた方がいいと私は思う。

 正直、昨日その治療の事話してくれた時、そんなのしてたっけなって思った。

 でも私が知ってることは、ほんの一部だろうし心配させたらいけないなって思って言わなかったけど。

 特別室があるってゆうのもその治療法も、初耳だった。

 そもそも人格操作ってなに?って、でも結城先生は信頼できる先生だって私も思うし…」


 ゆりの言葉に不安感が増し、勢いに任せて決めてしまった事に少し後悔の気持ちが生まれ始めていた時、ゆりの会話を遮るように一人の男性が話しかけてきた。


 「あの…すみません…、望月さくらさんですよね?少しお話し出来ませんか?」

 私は声を聞いて一瞬で分かった。

 昨日階段で話していた人だと。


 「あ、すみません。僕、須藤と言います。結城先生の助手をしています。

 今回受けられる治療について少し話しておきたいことがあるんです。

 結城先生には止められたんですけど、しっかり理解していただ…い…」

 

 「須藤先生。一体ここで何を?

 彼女は僕の大切な患者様ですよ。

 余計な心配をかけさせる事はしないで下さい。

 医師として当たり前のことですよ。」


 須藤先生が全てを話し終える前に結城先生により阻止されてしまった。

 何かを必死に訴えるような真剣な眼差しの須藤先生は悔しそうに手を握りしめていた。

 そして私たちに頭を下げ、小さくなった背中を向け歩いて行ってしまった。


 何を話そうとしてくれていたのだろう。

 結城先生に止められても私に伝えたかった事とは何だったのか。

 謎は解決するばかりか、増える形となった。


 そして結城先生は、さっきまでの一連の流れはなかったかのように話し出した。


 「そろそろカウンセリングをと思って部屋に行ったらいなかったので、ここに。

 早速お友達もできたんですね。

 とてもいいことです。


 ですが、カウンセリングも大切な事なのでキリのいい所で一旦お開きにしていただいて、また昼食の時にでもお願いしますね。


 カウンセリングはお部屋でもカウンセリング室でも、どちらでも構いません。

 よりリラックスできる所がいいので選んで下さい。」


 「……じゃあ、今までと同じカウンセリング室でお願いします。」


 「分かりました。では行きましょうか」



 私はお皿を片し、ゆりに別れを告げ先生の後を追った。


 昨日の事や、さっきの事で少しずつ結城先生への信頼が薄れた私は、この人について行ってもいいのだろうかと不安になる気持ちを抑えきれずにいた。

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