第4話

  ■3月29日  03:00  埠頭


 ぼぉぉぉぉぉぉ


 暗闇の中、月明かりに照らされたセントメアリ号が汽笛を鳴らし、岸から離れようとしていた。


「やばい、もう出る」


 岸壁沿いを白面をつけ、インバネスをまとった男。快盗キャスパリーグが疾風はし


「にっ。とろとろしているからだよ」

「パリュは楽してるくせに」


 肩に乗るパリュに毒づく。


「御託はいいから、ほら。跳びな」


 声と同時にキャスパリーグは岸壁から身を躍らせる。

 ――振るうのは右手。

 船にかけられたワイヤーがしゅると巻き取られ、キャスパリーグの身は空へと踊る。


 たどり着いたのは客室のバルコニー。

 人気のないそこにキャスパリーグはひとまず身を隠した。

 パリュも肩から飛び降り、ひとまずベッドに陣取る。


「にっ。まずはあちの番だね」

 パリュはしっぽをくゆらせる。

「《空に揺らめくは三つの幽世月、其らが魅せるは電脳の魔王》」


 言の葉とともに、パリュのまわりにいくつもの半透明のウィンドウが浮かび上がる。


「いつも思うが、なんか魔王って感じの魔法じゃないんだよなぁ」

「にぃ。うるさいね。黙ってな」


 口を開いたパリュだが、その目はウィンドウに流れる幾何学模様の文字を追いかけている。

 やがて一言つぶやいた。


「うん、たぶん当たりだね。ぬしの予想通りだ」

「よかった……」

 キャスパリーグもほっとしたようにベッドに腰をかけた。

「あんなえらそうに言っておいて、ハズレだったら、璃夜の方が当たりだったらと、ちょっと心配だったんだよね。ちなみにどんな理由で確証に?」


「まず一つ、この船には人がいない」

「まぁ確かにそうだな、外から見えるどの部屋も真っ暗だったし」


 キャスパリーグは今いる部屋を見ながら言った。


「そうだけど、そうじゃない。文字通り人っ子一人がいないんだよ、運行部門のクルーも含めてね。これは二人きりで待つと言った、あの魔女の言葉に合致する」

「人っ子一人って……、じゃあ何でこいつは動いているんだ?」


 キャスパリーグの視線の向こう。バルコニーから見える街の夜景はどんどん離れて行っている。


「リエージュの、時代の何歩も先を行く技術ってことだろうね」

「それっていいのか? さすがに安全上の問題が……」

「ぬしも言ってただろ? 魔女とその旦那には、それなりの権力があるって。それにぬしも知ってるじゃないか。あ奴らの会社にはそれが出来るだけの技術力があるって」


 キャスパリーグが思い出すのは、時代を何歩も先に行くリエージュの技術力の結晶、VRの技術、トリアルナの世界。

 同時に眠り続ける両親の顔もうかび、ぎりと歯を食いしばる。


「詳しくはわからないけどね。まあ、そこら辺の技術でもって運行しているんだろう。おかげであちからはアクセス出来やしない」

「パリュがか? それは……、すごいな」


「まあねえ。ルーツを考えれば当然とも言える……。ただ、おかげで【夜明けのヘカテ】がどこにあるのかがすぎにはわからない。ちと時間がかかる。あち達の魔法の根源の一つは月。ぬし、今日の月の入りは?」

「5時57分だ」


 確認していたのであろう。キャスパリーグっはよどみなく答えた。


「にぃ。となると、時間が足りないか……」


 パリュはぺたりと寝そべる。

 そんなパリュをつまんで再度座らせた。


「大丈夫、それについては見当がついてる。もちろん外れてるかもしれないけど、ただ可能性は高いはずだ」

「ふに。いっぱしの顔をして……。本当に自信があるようだね」

「……まあな。パリュに言われて勉強もしたし」


「そうかいそうかい……」

 パリュは目を細めた

「それじゃあ早速向かうとするかね。っとその前に……」

「なんだ?」

「ぬし、【夜の女王の涙】を持ってきてただろう? それをあちの首にかけてくんな」


 パリュはキャスパリーグの前に首を差し出した。


「そいつは今のぬしが持っていても、しょうがないものだ。何かあったらいけないし、あちが預かっておくよ」

「あ、ああ」


 キャスパリーグは懐から出した【夜の女王の涙】を、おっかなびっくりでパリュの首に二重に巻き付ける。


「そんなにおどおどやるんじゃないよ。大事な女性をスマートに着飾れるのも、いい男の条件だよ」

「うるさいなぁ」


 ぼやくキャスパリーグを見つめ、パリュはにんまりと笑う。


「ま、初々しいのも、それはそれでいいもんだけどねぇ……。あともう一つ大事なもの、【蒼のメリクリウス】は持っているね」

「ああ」


 キャスパリーグは軽く胸をたたく。


「ならいい。そいつは本当に大事だからね。ちゃあんと肌身離さず持っているんだよ」

「わかってるよ。こいつにはここ最近助けられてばっかりだし」


 パリュはキャスパリーグ、いや麻琴をじっと見つめる。


「……理由はそれだけじゃないよ。前にも言ったろう【蒼のメリクリウス】から複数のエレメントを取り出せるようになったら、だんだんとその子を十全に扱えるようになるって」

「確かに言ってたな……」

「その子はアイオライトサンストーン。バイキングを北米に誘った導きの石。そして……」

 パリュは一旦言葉を句切る。

「そして、ぬしの両親の精神をこちらに戻す道しるべ……。ぬしのイメージの中の海原を行く船はそのエレメントなんだろうね」

「な……」


 突然の告白にキャスパリーグは絶句する。


「なんで今そんなことを言うんだ」

「さあて、何でだろうねぇ。まあ念のための保険みたいなものさね」

「保険って……」


 パリュは白面越しに麻琴の顔を優しく見つめる。


「ぬしは本当に危なっかしい。大事なものを、目的を、どっかで取り違えそうな気がする。だから念のために確認しておいたのさ。ぬしの望みはなんだい?」

「……またみんなで食卓を囲むこと」

「そう、璃夜と両親とぬしと……。四人で食卓を囲んで笑うことだろう? 優先順位を間違えないようにね」


 パリュはベッドからひらりと飛び降り、しっぽを振って外へと向かう。


「さあ時間がない、急ぐとしよう。ぬし? 【夜明けのヘカテ】はどこだい?」

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