第3話
■3月12日 夜 香坂家 麻琴の部屋
「状況が変わった」
したんとパリュのしっぽが机をうつ。
「わかってる」
目の前に座る麻琴も表情を固くし頷く。
「確か快盗法で、快盗は挑戦を受けなきゃならないって決まっていたねぇ」
「ああ、そうでなければ快盗の資格がなくなる。もちろん挑戦を全部受けなきゃならないわけはないけど……」
快盗の資格がなくなれば、現行犯以外での逮捕もあり得る。出来うるならばそれは避けたい。
「にぃ。一応聞くが今回拒否するのは無理かい……」
「ああ、条件もさることながら相手が悪すぎる。あの二人の影響力は……、ちょっと計り知れないからな。だけどいい点もある。【夜明けのヘカテ】、アレは本物みたいだ。だとすれば期せずしてパリュの求める力の残り、太陽のエレメントが手に入るんじゃないか?」
「まあ……、そうだねぇ」
パリュはゆっくり目を閉じた。
数瞬の後、開かれた瞳には力が満ちていた。
「にっ。起きたものは仕方がない。それならそれで状況を整えるまでさね」
「お、おう……」
パリュの豹変に麻琴は戸惑う。
「ほらほら、何をきょどってるんだい。修行の再開だよ」
「え、あ……。いいのか?」
一旦魔法の修行を休止し、勉学にいそしんでいた麻琴は、突然の方向転換にびっくりする。
「にっ。何言ってるんだい。さっきも言ったろ? 状況が変わったって。それに今回はいつもと違って相手が先に場を整えているんだ。この際付け焼き刃でもいい。何か力をつけておかないとねぇ」
「わ、わかった」
「なぁに嬉しそうな顔をしてるんだい。時間がないんだ。夜は修行、昼は謎解き。これから数日は忙しいよ」
「……数日は? そんなに時間がないのか……」
あまりの時間のなさに驚く麻琴をパリュが厳しく諭す。
「そりゃ予告状の指定はまだ先だろうけどね。もう忘れたのかい? 終業式が終わったら妹ちゃんが帰ってくるんだろうに……」
「あ……」
麻琴はまるで今思い出したというように唖然とした。
「にぃぃぃ。本当にぬしは……。まあでも時間がないっていうのはわかっただろう? だったらさっさと【蒼のメリクリウス】を用意しな」
「わ、わかった」
てしてしとせかすしっぽに慌てて取り出したのは、紫紺に星のきらめきを宿すジェム、【蒼のメリクリウス】。
それを見てパリュはよしとばかりに頷いた。
「にぃ。いいね。前と違っていい具合に心を開いてきている。きちんと扱えてるみたいだぁね」
「そうか、よかった」
麻琴の顔に喜色がにじむ。
それを見てパリュも目を細めた。
「これまでぬしは、この【蒼のメリクリウス】から水のエレメントを取り出してきた」
パリュはしっぽで柔らかく【蒼のメリクリウス】を包む。
「最初にも言ったとおりそこまでが第一段階だ。次は第二段階、それとは別のエレメントに接続してもらう。さ、この子にお伺いを立てな」
パリュが麻琴に【蒼のメリクリウス】を押しやる。
麻琴はそれを手に取り、自分の魔力を同調させていった。
「にっ。いいね。とってもスムーズだよ」
麻琴の閉じた目の奥に広がるのは、夜空を映しだし揺れる
以前とは違いそれぞれのイメージは絡み合っている。
「大丈夫だ、驚くんじゃあない。それが本来のその子だよ。よしよしそれじゃあ次は水とは違う別のエレメントに来てもらいな」
麻琴はそっと手を伸ばす。先にあるのは太陽の、朱の滴。
大丈夫、熱くない。だってこれは、太陽は僕らを見守る父だから……。
だったらこの滴は?
……うん、わかる。璃夜が産まれたとき流した父さんの涙。喜びと、希望と、祝福と、そして決意の涙だ。
それは僕にだって向けられてた。そりゃ璃夜に焼き餅を焼いて父さんにも当たったりしたけど。でもそれも包み込んでくれた優しい太陽。
うん、力を貸してくれ
麻琴は目を開いた。
手に持った【蒼のメリクリウス】のまわりを赤い滴が覆う。そうしてそれは、ぼおと赤く、青く燃えて消えた。
「うにぃ。これは火のエレメントか……? まあいい、一回でよくやったもんだよ」
「あ、ああ……」
麻琴はしたたる汗を拭う。
「前回ほど疲れてもなさそうだしねぇ。……うん、これなら大丈夫だね」
「なんとか及第点を取れてよかったよ」
「そうだね……」
パリュは目を閉じて頷く。
「合格だ……」
パリュのつぶやくような声。だがその言葉に麻琴はほっとする。
「よかった……」
「喜ぶのは早いさね。こいつの問題もある」
パリュは前足の爪ででコツコツと、プリントアウトした挑戦状をつつく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
快盗キャスパリーグへの挑戦状
死の月照らす一日の終わり
地獄に近いその場所で
ヌトはカーの消滅を臨む
現代の魔女:若宮衣
魔女の守り手:モースト
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「1日の終わりだから時間は0時でいいとして、後は日付と場所の特定か」
「何か思いつくことでもあるかい?」
「まあ……少しは。ちょっと調べないといけないけど、多分大丈夫」
「そうかい。そいつはよかった」
一息ついたパリュは麻琴から飛びすさる。
「突然何だよ、パリュ」
「にっ。汗臭いんだよ、ぬしは。早く風呂に入りな」
「あんだよもう……」
邪険に扱われ不満を漏らすも、自分のシャツの匂いを嗅いだ麻琴は部屋を出て行った。
一人残ったパリュは【蒼のメリクリウス】を見つめる。
「朱の滴はメリクリウス、賢者の石……。こりゃ本当になんとかなるかもね」
パリュは満足そうにまどろみに落ちていった。
■3月28日 22:40 香坂家 リビング
その日、麻琴は一日中、妹の璃夜につきまとわれていた。
いや、長期休暇で璃夜が家に帰ってきたとき、不安からか彼女は麻琴とできるだけ行動を共にする傾向にある。
現に三学期が終わって帰ってきてからもその傾向はあった。
だが今日は群を抜いてひどい。
朝起きると同じベッドに丸くなる璃夜を発見(どうやら夜中のうちに潜り込んだらしい)
風呂に入ろうとしたら、一緒に服を脱ぎだし(これは扉越しに一緒にいることで納得してもらった)
そして今、そろそろ寝ようと言ったら一緒に寝ると言って聞かない(これは今説得中。今日は麻琴にとって色々とマズい)
「何でまた今日は、そう一緒にいようとするんだよ」
麻琴はため息をついた。
「そんなの……、まこ兄ぃがいなくなるから」
璃夜は口をとがらせた。
「そんなことない、いつも一緒だろ?」
麻琴の説得は璃夜には通じない。彼女は首を横に振った。
「でも、まこ兄ぃ。今日私が寝たら出かけるつもりだったでしょ」
「なんでそんな事を……」
麻琴は跳ねる心臓を押し隠す。
「私、知ってるから。まこ兄ぃが快盗キャスパリーグを追いかけてるって。何でかまでは知らないけど……」
麻琴は「ごめーんね」と軽く謝る富井を幻視する。そしてそれは事実だった。
「確かにそうだけど……。でも、それと今日一緒にいようって言うのは関係ないだろ?」
「まこ兄ぃ、嘘つかないで。あの挑戦状の日付は今日なんでしょ。まこ兄ぃもそれ、知ってるんでしょ」
「な……、んで」
麻琴はついに口ごもる。
「調べたから……」
璃夜は懐からプリントアウトした挑戦状を取り出した。
「私、あの二人のことは大っ嫌い。でも快盗は別。むしろ私も一泡吹かせちゃえって思う。だから調べたの」
璃夜の視線に、麻琴は両手を挙げて答える。
「参った、降参だ。確かに一目見ようと思ってた。で、名探偵璃夜さんは、どうやって挑戦状を解読したんだい」
「ちゃかさないで……」
璃夜は麻琴の羊毛で出来たパジャマの裾をしっかりと握る。そうして時計をチラリと見た。
「でももう大丈夫な時間だから教えてあげる」
「お願いしますよ名探偵。解決の時間だ」
「だから茶化さないでって……」
璃夜は口をとがらせた。
「それじゃあ1行目から行くね」
~~死の月照らす一日の終わり~~
「これは時間と日時を示してるの。時間は1日の終わりの24時。残りは日付だよね」
「ああ、そうだな。でも残るセンテンスは死の月だけだよ」
「うん、だから死の月が日付を表しているの。実は月には色々名前があって……。ほら日本でも十六夜月とか有明月とか。それとおんなじように各月の満月にも名前があって、例えば1月はウルフムーン、狼月。2月はスノウムーン、雪月。そして3月は一年の終わり。だからデスムーン、死の月と呼ばれるの」
「つまり今日の満月って事だな」
「うん」
璃夜は頷いた。
「これで日時は確定した訳か。後は場所だな」
「それは2行目かな」
~~地獄に近いその場所で~~
「これが場所を表してるって思ったの。でもこれだけじゃ候補は色々あって……。だってあの人たち自体が地獄の使者みたいなものだし……。だから仕方ないから挑戦状の動画を見直した。そしたら二人だけで待つって言ってたの、だから探すべきなのは二人だけで待てる地獄」
「……で、見つかったのか?」
「うん。それがこれ。豪華客船のミュケーナイ号。オーナーはリエージュ。あの二人の会社」
璃夜は携帯を操作し、客船を映しだした。
「昔から船乗りの仕事が危険なことの例えで、板子一枚下は地獄って言ってね。だから地獄に一番近い場所はこの船なの」
「でも、リエージュがオーナーの船は他にもいくつもあるだろう?」
「うん、でもここでさっきの二人だけで待つって言葉が生きてくる。だって接岸してたら二人きりで待てないでしょ? マスコミだっているんだし。だから船の出航予定を調べたの。そしたらこの船が23時から25時までのちょうど2時間出港している事がわかった」
「犯行の前後1時間、快盗法で指定された時間にぴったしってことか」
「うん、そして今は23時。もう船は出てる。3行目にかいてあるヌトは【夜明けのケプリ】、つまり太陽神ラーの親神。それがカーの消滅、つまりキャスパリーグの消滅を望んでるんだから、今頃キャスパリーグとあの二人がやり合ってるかも……」
麻琴は璃夜の頭を優しくなでる。
「えらいな、璃夜は……。大正解だ。本当に未来の名探偵かもな。もしかしたらキャスパリーグを捕まえたりして……」
「もう……」
璃夜は唇をとがらせつつも、麻琴の腕をひしとつかむ。
「でも心配なの。まこ兄ぃがいなくなっちゃいそうで。目を覚ましたら消えてしまってそうで不安なの。だから……、今日は一緒に寝よ……」
「仕方ないな、なら子守歌も歌ってあげよう」
「…………うん」
「《ねむれ、ねむれ、わがこひつじよ》」
しばしののち、璃夜から聞こえてくるのは規則正しい寝息だけになった。
麻琴は彼女を抱え上げ二階のベッドへと運ぶ。
「にぃ。今からじゃ間に合わないみたいだけど、どうするんだい」
パリュの言葉に、麻琴は璃夜を見つめながらも、しっかりと首を横に振る。
「璃夜は一個だけ、決定的な勘違いをしていた。いや、俺も最初は勘違いしてた。1日の終わりは24時じゃないんだ」
「にぃ?」
パリュは首をかしげる
「というか、1日の始まりと終わりは文明によって違うんだよ。例えばイスラム圏なら日没で切り替わり、ローマなら真夜中。そして太陽神ラーや、葬送の女神ヌトのいる古代エジプト文明は日の出で切り替える。加えてヌトは夜の間、ケプリをその身に宿し、日の出と共に生み出す」
「なるほどねぇ」
「まあ思い出したのはこの間、期末テストの解説の際、先生が雑談で話していたからなんだけどね」
学校も大事って実感したよと、麻琴は肩をすくめた。
パリュもだろうとばかりに一声鳴いた。
「まあそんなわけで、該当の船はミュケーナイ号じゃない。夜中の3時に出航予定のトロイア号、こっちの方だ。指定の時間は3時49分、死の月が一番大きくなる時間だろう」
「にぃ、そうかい。で、ぬしは行くのかい? この子を置いて」
パリュのしっぽがゆらと揺れて、眠る璃夜をふわりとなでる。
麻琴は少し戸惑いを見せるも頷いた。
「ああ。必ず【夜明けのヘカテ】を手に入れて、パリュの力を取り戻す。そうして父さんと母さんも取り戻す」
「……そうかい。それなら今回はあちも一緒に行くよ」
「え……?」
「ちょっとは考えな。この子がいるんじゃいつもみたい家から指示を出せないだろう?」
「そうか、言われてみればそうだな」
「それに、この子の言ういやな予感。あちもするのさね」
そうしてパリュは階段を駆け下りた。
「ほら、時間がないんだろう? 急ぐよ」
「ああ、待てよパリュ」
麻琴も急いで後ろを追いかけた。
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