第26話 デジタルと俺

人生はジェットコースターだ。

それくらいの波によって俺の人生は浮き沈みしている。


そう今も。

俺は沈まぬように水面下で足をじたばたさせることくらいしかできないのである。


「うおおおおおおおお!!!シュ・・・シュヴァルツゥぅうううう!!!どいてくれえええ!!がぼぼ!!」


山の中。

この蒸し暑さから逃れるために、皆で出かけていた。


ここは秘密の園。

山の尾根から少しそれた谷に、ひっそりと隠されているような形で存在している。


湧水がこんこんと湧き上がり、静かで清涼な空気が周囲を包み込む。

高さ3メートルほどの滝が水面を白く波立て、透明度の高い水は川底の綺麗な藻を浮かび上がらせているその場所はまさにパワースポットと言われても納得せざるを得ないほどの神秘性を秘めている。


木々が滝つぼ周辺を覆い隠し、上空からその存在を認識するのは至難の業だろう。ぽっかりと開いた木々の間から太陽の光がキラキラ。


そんな遊び場で今俺は、シュヴァルツに頭をぉぉxモガガガ・・・!!


「ぷはっ!!」


散歩の途中。水が見えた瞬間、暑さに耐えかねた俺は、なんの前動作もなく思わず飛び込んでしまった。


「ヴァルルル!!グルフキャン!!」


あまりにも素晴らしい飛込に、シュヴァルツも真似したくなったらしい。

・・・・だからと言って俺と全く同じ場所に飛び込むとは何事だ!!


「ダメだろお!?お前は結構体重あるんだからさあ??」

「ヴァフ!!!」


ってもう全然聞いてねえな。

まあ。飛び込みたくなるよなあ。この蒸し暑さ。

もわもわして体にまとわりついてくるような空気が、常に何かに対してイラつく感情を抱かせる。


シュヴァルツ・・・!!

お前・・・・!!

尻尾が舵を取っている・・・うらやましい!!


「ワン!!キャン!!」


虎徹は水が少し苦手。クレイがそんな虎徹に落ち着きなさいと軽く首にかみついた。


「ふい~。気持ちいなあ~。」


おいでおいでと、ぷか~っと浮かんだ俺の腹に虎徹を乗せ、ただあてもなく漂う。

ちかちか目に飛び込んでくる木漏れ日が、家で感じるほどの鋭さを感じさせないのはなぜだろうか。


「虎徹さ~ん。俺の腹の調子はいかがっすか~??」

「ワン!!」


重しが乗った腹。普段であれば暖かい毛並みであるのだが、水を含んだTシャツがゼロ距離で接触したために、ちょっとだけ体が震えた。


クレイ姉さんは水をひとしきり飲んだ後、滝つぼのしぶきが上がるところに伏せて、ミスト状の冷気を堪能している。


「クフン」


なんか美容機器にあーいうのあるよな。

俺知ってる。





さて。

今日ここに来たのが欲望に駆られてだと思われている方も多くいらっしゃることとは思いますが、実際は違う。


この村・・・集落?を活気づかせるという、風化しつつあった本来の目的をぼんやりと達成するために、この地域一帯の良いところを探していたのである。

最近はもっぱらゲームの配信やら動画やらに時間を費やしていたのだが、顔バレ・身バレ・場所バレのリスクがモーマンタイとなった今。

魅せられる範囲は無限大ということで。ぼちぼちなんかやるかあとなったのである。



じっちゃんはそんなに焦らんでええぞ。と言ってくれているが、仁自身顔は見えないが、面白い視聴者の様々な反応を知るのが楽しいので苦ではない。

彼からは本気で復興しようという気合が感じ取れなかったのが、それでいいのだろうかと少しジト目をしてしまったのは秘密である。



初回の配信の時から分かっていたことではあるが、仁の家族や自然、普段の生活にはどうやら需要があるらしい。


評価されるというのはこれほどまでに心揺さぶられるのだと仁は知らなかった。

それは一度知ってしまったら抜け出せない、甘美な蜜のようで・・・・


「クレイ!!そのままそのまま!!じっとしててくれよお・・・・」



「ハイオッケ!」


動画に収めるはクレイと滝。

悠々と漂うシュヴァルツを水面から眺めている様子。

ぽっかりと開いた木々の間から差し込む光のもとに生える藻が、水中でゆらゆら揺れている。


「いつ見ても愛いですなあ・・・・・!!」


そう。

自分の家族への称賛はなんとも気分を高揚させる。

愉悦感?何とも言えぬ快感である。



自分が好きなものを褒められるのは嬉しい。大好きなものだったらもっと嬉しい。

褒めて!もっと褒めて!!

と、撮影場所に選んだのが、この場所。

仁がよく来る遊び場だ。



「グル」


川からあがって今日初めて触る撮影機械に四苦八苦している仁の足元にやって来たクレイ。


こんなに小さいのに動画ちゃんと撮れてるぜ・・・すげえなあ。


足元に鎮座するアンバーの瞳にもそれを見せてやった。

しかし、自分が映っている画面を不思議そうに眺めながらも、すぐに飽きて足元に寝っ転がってしまった。


昼寝の時間らしい。


自由気ままだなあと口元を緩めながら、変わらない彼らとデジタルを持つ自分を比べて少し物悲しくなった。


今となっては考えられないが、こんな世界があるのだと。知らなかった頃の自分を懐かしく思う。






「あ。そーいや俺と遊んでるときの虎徹たちを見たいってやつもいたなあ。」


ふと思い出したのは顔も知らぬ画面越しの相手の言葉。


両手と両足で収まるくらいの人の輪が確実に広がっている。


上手く撮れるかは分からないが、岩の上に設置し、寝ているクレイを一撫。

冷たさも何のその。

仁は遊んでいる彼らの邪魔をするようにしぶきをあげて川に飛び込んだ。





******



『シュヴァルツ!!こっちだぜ!!』

『ヴァフ!!』

『・・・・ぷはっ!!フフフ・・・残念!それは残像だぜ!!』

『グルルルル・・・ヴォフ!!』

『ハハハ!!シュヴァルツは水中に潜れるようになるまで俺を捕まえることはでき無さそうだな!!』

『グルルル・・・・クゥ・・・・』



『ははは!!楽しかったなあ!!・・・・さすがの俺も疲れたぜ・・・・。』

『ワン!!ワン!!』

『・・・・虎徹はまだ遊び足りねえ見てだなあ・・・・。とりゃ!!』

『・・・!!!!』

『さあて。そろそろ帰るかねえ。』

『へっへっへ!!』

『・・・・・とりゃ!!!』

『びちゃびちゃになっちまったな・・・・。手で持って帰るか・・・。』

『へっへっへ!!!』

『虎徹くう~ん?もう帰るぞお~??俺ちかれた。』

『くぅ~ん』

『・・・・・(木の枝を持ったまま頭に手を当てる)かわいい・・・』


『クレイ!!帰るぞ!!』

『・・・・・。』

『クレイ??どーしたんだ??』

『・・・・・。』

『腹でも壊したか!?!?大丈夫か!?!?!』

『・・・グルル。』

『??そういうわけじゃないのか?』

『・・・ヴァフ(尻尾を不機嫌そうに一振りした後、顔をそむけるようにして歩く)』

『・・・・・??たまによくわからんことですねるんだよなあ。よくわからんけど、機嫌後でとっとこ。ばあちゃんもよく言ってたし。女は言わないって。』



『あ。撮影してたんだった。・・・・点滅してんな・・・。なんだk』


ぷつり




*******



「うむむむむ。こ・・・これは・・・!!逸材なの!!」


東京のとあるマンションの一室。

電気のついていないその部屋に人影が1つ。

パソコンの光で照らされてできた影が、彼女の輪郭をぼんやりと壁に映し出していた。


「それになんなの!?この場所は!!・・・行かねば!!行かねばならないの!!」


ガタッと立ち上がったその影は、あわただしく動き始める。



*******



「じっちゃ~ん!!今日は何狩る~??こないだは熊だったからなあ~。今度は空飛ぶ奴でも狩るかあ~??」


「ほっほっほ。今日は魚の気分じゃから、泳いでるやつでも狩るかのお~??」


「お。じゃあ俺双剣で行こっかなあ~。あの鬼神モードって―の?めっちゃかっこいいよなあ~!!!!」


いつになっても心は少年。

最近はまっているゲームをじっちゃんとしながら、夕飯ができるのを待つ。


その後、いつまでも夕飯を食べにこない仁達に怒ったばあちゃんが、ゲームを取り上げに来るのであった。



「あ!!こいつ!!見たか!?!?この猫!!!じっちゃん!!!俺の!!俺のもん普通に盗みやがったぞ!!!!!」

「・・・・ほっほっほ。・・・・・そういう時は親指をこお~やってのお?くっ!てやるんじゃよ。”くっ”てな?」



自分たちのペースを崩すことなく、相手を振り回す彼らに罰が当たるのは当然の事だ。

とでもいうかのように毛をまとう3匹は尻尾を一振り。

フンスッといってこの家の圧倒的権力者に媚びを売りに行くのだった。



野菜がたっぷりだったため、少し尻尾が下がったのは内緒の話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る