第12話 きりがない

 カルラの額に大粒の汗が浮かんでは、だらりと流れ落ちていく。次第に全身に疲労を感じてきている。まさか、ここまで苦戦するとはカルラは思ってもいなかった。

 

「きりがない」

 

 カルラと対峙する男型の魔族。表情のない石膏像の様な顔。窪んだ眼窩にはその体に纏う魔気まきの様にどす黒い陰がある。

 

 強いのかと聞かれれば、先程の巨人族ギガンテスよりも遥かに強い。ならば、絶体絶命の危機なのかと言われれば、そうではない。それは巨人族ギガンテスよりも数段以上強いが、それだけである。この程度の強さの魔族とは何度も相手をした事があり、正直、余程気を抜かなければ、カルラが負ける事はない。

 

 じゃあ何故、カルラは苦戦しているのか?

 

 目の前にいる男型の魔族の体には傷一つついていない。その反面、カルラは先程よりも呼吸が少し荒くなっている。

 

 もわりと魔族の口から魔気まきが吐き出され、その鎌の様に鋭い爪がカルラを襲ってきた。

 

 鼻先一寸。

 

 最小限の動きをしたカルラが、ぎりぎりのところで魔族の攻撃を躱し、大剣をその胴へと叩き込んだ。斬ると言うより叩き込む。その方がしっくりくるような攻撃。

 

 大剣は魔族の胴を捕らえると、その刃の鋭さと重さ、そして、遠心力による加重で、魔族の胴を真っ二つにした。

 

 地面へと転がる上半身と下半身。そこへ、さらにカルラが追い討ちをかけて行く。これでもかと、上肢を下肢を叩き斬る。

 

 魔族の原型が無くなるまでそれは続いた。

 

 肩で息をするカルラ。

 

 勝負あった様にみえるが、カルラのその表情は、まるで次に何が起こるのかを分かっている様に、未だ油断なく肉塊と化した魔族を睨み続けている。

 

 にちゃりにちゃり……

 

 にちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃりにちゃり。

 

 肉塊と化し、飛び散った魔族の体の一つ一つが、芋虫か何かの様に動き出し、一箇所へと集まり、ひとつの形を作りだしていく。

 

 それを見ていたカルラが溜息をついた。

 

『……またか』

 

 一箇所に集まった肉が、もぞりもぞりと動きながら、もとの姿へと戻っていく。カルラに叩き斬られる前の男型の魔族の姿に。

 

 そう……これがカルラが苦戦している理由なのである。先程から何度も見ている光景。

 

 初めは魔族の体内にの様なものがあり、それを破壊しなければ倒せないのかと思った。だから、何度も魔族の体をミンチになるまで叩き潰した。

 

 だが、それでも再生してくる。

 

 今回もそれである。

 

 ちらりと女型の魔族と戦っている四人の方へと視線を向けた。どうやらあちらも同じ様であった。

 

 攻めあぐねている。

 

 どうすれば倒せるのか。

 

 いくら実力がこちらの方が上だとしても、こう何度も再生されたら体力的にきつい。手を抜いて戦える相手ではないからだ。

 

 ここは一旦、セレドニオ達四人と合流した方が良い。

 

 男型の魔族は、まだ完全に再生しきっておらず、攻撃を仕掛けてくる事ができない。

 

「セレドニオッ、一旦集まるぞっ!!」

 

 カルラが四人へと声を掛けると、四人もそれに同意すると、女型から視線を外さずにカルラの元へと移動を始めた。

 

「思った以上の化け物ですね」

 

 弓を構えたエウトロピオがカルラへと話しかける。

 

「あぁ……しかし、何か糸口があるはず……」

 

 再生を終えた男型の魔族が動きだした。ゆっくりと五人へと近づいてくる。女型の魔族もである。

 

 と、その時だ。

 

 ふふふふふ……

 

 どこからか女の笑い声が聞こえてくる。どこか楽しそうに、またカルラ達五人を馬鹿にするかの様に。

 

「誰だっ!!」

 

 カルラが怒鳴った。

 

 ふふふふふ……

 

 もわりとした体に絡みつく様な魔気まき。この魔気まきの感じはつい先程、感じたとカルラは思った。

 

 ゆらり……

 

 男型の魔族の背後の空間が蜃気楼の様に歪んでいき、そこに人の姿が現れた。

 

「お、お前はっ!!」

 

 驚いたのはカルラ達五人だけではなかった。離れたところから戦況を見守っていた衛生班達も驚きを隠せないでいた。

 

「ふふふふふ……」

 

 そこに現れたのは灰色のローブを纏う女。そのローブの前面は錆鉄色に染まっている。

 

屍術師ネクロマンサー……貴様、死んだんじゃ」

 

 カルラの言葉ににたりと笑みを浮かべる屍術師ネクロマンサー。血の気ない土色をしているその顔は、驚きを隠せないでいる特務部隊達をみて、心底、楽しそうな表情をうかべている。


「あの二人がやっかいだから、死んだ振りをしていただけ……て言うか、元々、わたくしは死んでいますから」

 

 そして何やらむにゃむにゃとまじないを唱えだすと、またあの厭らしい笑みを浮かべた。

 

「この二体じゃ物足りないでしょ?」

 

 屍術師ネクロマンサーはそう言うと、手をぱちんと一つ叩いた。

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闇夜に泣く鬼 ちい。 @koyomi-8574

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