第11話 激突2

 夕顔の足元の地面が大きく爆ぜた。

 

「——っ!!」

 

 間一髪で避けた夕顔が宙へと飛んだ。それを狙っていたかの様に夕顔へレオンティーヌが拳を振るう。

 

 鈍い音と共に夕顔の腹部へレオンティーヌの拳が突き刺さり、体が折れ曲がる、

 

「がはぁっ!!」

 

 大きく吐き出される息、そして開いた口から涎が垂れた。続けざまに繰り出されるレオンティーヌの拳。まともに受け続ける夕顔。

 

 振りかぶった拳が打ち下ろされると、夕顔が地面へと叩きつけられた。二三度、地面で跳ねた夕顔の体がぴくりとも動かない。勝負あったか。

 

 

 

 レオンティーヌと夕顔の戦っている方へと視線を向けたデシデリア。

 

「やったっ!!」

 

 赫映と戦闘の真っ最中であるのにも関わらず、思わず笑みが零れてしまった。初めて見た実戦でのレオンティーヌ。やはり、強かった。相手である夕顔も相当の使い手であったはず。それを怒涛の打撃で粉砕した。

 

「何を浮かれているの?」

 

 赫映がデシデリアへ攻撃を仕掛けてくる。仲間がやられたのに変わらない冷静さ。どう考えても、この後に一対二となるのは目に見えている。無勢対多勢。卑怯ではない。これはスポーツでは無いのだ。生きて任務を遂行しなければならないのだ。

 

「あなたこそ、自分の心配をしてはどうかしら?仲間はやられたわよ」

 

 デシデリアが赫映の猛攻を防ぎながら返した。だが、赫映は一向に焦った様子もなく、淡々と刀を振るい続けている。

 

「心配なんてする必要はない。何故なら夕顔はあれくらいじゃ殺られないから……」

 

 落ち着いている。夕顔に対する信頼の表れ。それ程までに固い絆で結ばれているのか。

 

 すんっ!!

 

 赫映のきっさきがデシデリアの頬、薄皮一枚切った。薄らと血が滲む。

 

『集中しなきゃ……』

 

 意識がレオンティーヌ達へと少しずれていた。意識を逸らして勝てる相手ではない。剣技の実力は五分。身体的能力も五分。だが、赫映との決定的な差があるとすれば、実戦経験。今日が初実戦のデシデリア。殺し合いすらした事がない。だが、赫映は幾度となく戦地を潜り、生き抜いて来ている。

 

「あなたには……覚悟が見えないわ……」

 

「覚悟?」

 

「そう……覚悟よ……人を殺す覚悟。人を殺してでも生き抜く覚悟」

 

 切り裂き魔ripperへの復讐の為に、厳しい鍛錬にも耐えてきたデシデリアだが、赫映に言われた通り、そこまでの覚悟なんてしていなかった。死と隣り合わせの戦場と死と無縁の訓練所。生きている環境が余りにも違い過ぎる。どろりとした汗がデシデリアの背中を流れ落ちていく。勝てるか……頭の中に過ぎる。それがデシデリアに隙を産んだ。構えるレイピアの鋒が僅かに下がった。本当に僅か数センチ。しかし、それを見逃す赫映ではない。戦場ではほんの僅かな隙さえも命取りになる。デシデリアのレイピアが跳ね上げられた瞬間、赫映の刀の鋒がデシデリアの胸を貫こうとしていた。それを躱そうとするデシデリア。だが一瞬遅れた。

 

 左腕に赫映の刀の鋒が突き刺さっている。刀身を伝い流れ落ちるデシデリアの血。ベニータの守護魔術のお陰で深手だけは避ける事ができた。

 

「守護魔術に助けられましたか……」

 

 ずぶりと刀を引き抜く赫映。ベニータに守護魔術を掛けられていなかったら、確実に左腕は貫かれていただろう。だが、この左腕で赫映と戦うには難しい状況である。

 

「デシデリア……」

 

 駆けつけたい。駆けつけて今すぐにでも治癒魔術で左腕の傷を治してあげたい。ベニータはだらりと下がるデシデリアの腕から流れ落ちていく血を見て思った。だが、ベニータが駆けつけたところで大人しく治癒魔術をかけさせてくれない事位は分かっているし、自分が赫映に対抗出来る程の戦闘技術がないのも分かる。ベニータ以外の班員達でも同じ事である。特務部隊所属とはいえ、戦闘に不向きな後方支援部隊である衛生班。どうする事も出来ない。ただ、指を咥えて黙って見ている事だけしか出来ないのか……

 

 そんな時である。

 

 ベニータの視界に、班員の一人である副班長のオフェリアの腰に魔銃まじゅうが下がっている事に気がついた。デシデリアの魔銃の様に大きなものでは無い、装弾数が十二発のハンドガンタイプの小さな魔銃。

 

「オフェリア……魔銃の空魔弾はありますか?」

 

 突然のベニータの問いに、オフェリアが幾つかの空魔弾を見せた。そのうちの三つを受け取り、まじないを唱えるベニータの掌が淡い光りを帯びた。そして、魔術を込めた魔弾をオフェリアへ返すと、その耳元に口を近づけた。

 

 ベニータの話しを頷きながら黙って聞いているオフェリア。そして、その顔がにやりと笑った。

 

「分かりました、班長。是非、やりましょう!!」

 

 そして、ベニータからうけとった魔弾を魔銃へと装填した。

 

 

 

 倒れている夕顔へと近付いて行くレオンティーヌの足が止まった。

 

「早く起きろ」

 

 ぴくりとも動かない夕顔へとレオンティーヌが声を掛けた。するとどうだ。気を失って倒れていると思われた夕顔がぷるぷると震えているではないか。

 

「ふへっふへっふへっ!!やはり誤魔化せんじゃったかっ!!」

 

 下品な笑い声と共に、むくりと起き上がる夕顔。その顔一杯に浮かべている笑顔。

 

「……化け物か?」

 

 離れた所で見ていた特務部隊隊員達も驚きを隠しきれていない。

 

 それもそのはずだ。レオンティーヌの強烈な打撃を何発も受けていたのだ。しかも、最後は渾身の一撃で地面へと叩きつけられた。

 

「いやいやいやいや、さすがに今のは危なかったぞっ!!肝が冷えた冷えた」

 

 夕顔は満面の笑みを浮かべそう言うと、べっと唾を地面へと吐き捨てた。唾液に血が混じっている。

 

「世の中……広いのぉ。ここまでされたのはぬしが初めてじゃて。さてさて……私も本気を出さねば、失礼にあたろう……の?」

 

 とんっと、軽く地面を蹴った様に見えた夕顔の姿がレオンティーヌの目の前から消えた。

 

 眉を顰めるレオンティーヌ。だが、デシデリアはレオンティーヌの口元が一瞬、笑ったのを見逃さなかった。

 

 楽しんでいる。

 

 レオンティーヌも夕顔同様にこの戦いを楽しんでいるのだ。試合ではない。殺るか殺られるか……なのにだ。

 

 レオンティーヌが強すぎるのだ。最早、特務部隊の中では本気を出したレオンティーヌの相手になる者はいない。否、任務においてもだ。本気を出せる相手が今や殆ど現れなかった。しかし現在、レオンティーヌの目の前にいる夕顔と言う敵。底知れぬ強さを持っている。既にデシデリアでは二人の動きに追いつけない。

 

 飛び散る鮮血。

 

 鈍い打撃音。

 

 舞い上がる砂埃。

 

 それだけが頼りである。


「ふへっ!!あまり乗り気ではなかった依頼じゃったが……受けて良かったわっ!!」

 

 横に振るう刀を紙一重で躱したレオンティーヌの拳が、真下から夕顔の顎を掠めていく。風圧でぱくりと顎の先が切れる。その風圧だけで並の戦士なら脳震盪を起こしそうであった。

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