第10話 激突1

 速かった。あっという間に間合いを詰められたデシデリア。さらりさらりと舞う白髪、赫映(かぐや)の翡翠の様な美しい緑色をした瞳が陽の光を反射し、ぎらりと光った。刀の鋒(きっさき)がアンへリカの鼻先一寸の所で空を斬る。確かに速い。だが、目で追えない速さではない。

 

 レオンティーヌより遅い。

 

 デシデリアは、訓練所時代に嫌という程、レオンティーヌから稽古を受けてきた。殆ど、レオンティーヌはデシデリアに合わせて力を出してくれていたが、その中で数回、レオンティーヌがそれ以上の力を発揮した事がある。

 

 今でもその事が脳裏に焼き付いている。

 

 あの時は本当に何もできなかったデシデリア。瞬きすらもだ。気づけば後ろから首筋を掴まれていた。怖かった。恐怖。その二文字。しかし、赫映からは恐怖を感じない。襲いくる刃を何とか躱す事ができる。

 

 とんっとバックステップし、少し間合いを開けたデシデリア。一つ大きく深呼吸をすると、レイピアの鍔に軽く接吻(Kiss)すると、半身になり赫映に対しレイピアの鋒を真っ直ぐ伸ばす様に向ける。そして、反対側の手は後ろ手を組む様に背中へと回し、殆ど棒立ちとも言える構えを取ると、軽くステップを踏み出した。

 

 まるで軽やかに流る様なステップワーク。それはダンスでも踊っているみたいだった。

 

 そんなデシデリアへ容赦ない赫映の剣戟が襲う。それをデシデリアが巧みに捌いている。刀とレイピアのぶつかる甲高い音が響き渡る。

 

 赫映も攻め難いのであろう。自分の方へと真っ直ぐに伸ばされたレイピア。隙だらけの様にも見えるが、その間合いへと飛び込もうとすると、そのレイピアの刺突が赫映を貫こうと向かってくるのだ。

 

 レイピアの鋒がくるくると円を描く様に動いている。

 

 落ち着いている。

 

 二人の少女の闘いを見守っているベニータが、デシデリアの動きを見てそう思った。初めての実戦。相手は多分、これ迄にたくさんの人間を殺して来た事が予想できた。白髪の少女の身に付き纏う邪気。そして、あの服装。極東にある小さな島国に住む者達が着ている民族衣装に似ていた。

 

 もう一人の夕顔という名の女が、紅蓮の魔女(Bruja carmesí)から依頼されたと言っていた。殺し屋か傭兵か……極東の島国には狂戦士という名の暗殺集団が存在すると文献にあった事を思い出しているベニータ。

 

 赫映の振るう刀を受け、くるりと鋒を回して流すと、今度はデシデリアが鋭い突きを繰り出している。デシデリアの長く結った三つ編みが左右に揺れる。

 

 距離を取り睨み合う二人の少女。無表情だった赫映がにたりと笑う。それを見たデシデリアも気付かないうちに笑っている。やはり、デシデリアも戦士なのだ。いつの間にか戦う事を楽しんでいる。これは訓練所の模擬実戦では無い。殺すか殺されるかの実戦であるのに関わらず。

 

「思ったより……やりますね……」


「あなたこそ……」

 


 赫映とデシデリアがまた、構える。その幼い二人の体から気がゆらりゆらりと溢れ昇っていく。

 

 ぺろり……

 

 赫映が唇の端を舐める。

 

 とんっ!!

 

 軽く地面を蹴ったかの様に見えた赫映が間合いを詰め、デシデリアへと攻撃を仕掛けた。

 

 

 

「ふへっ!!赫映相手になかなかやるのぉ」

 

 レオンティーヌと対峙している夕顔が赫映とデシデリアの戦いへと視線を向けてにやりと笑っている。

 

「余所見とは、余裕だな?」

 

 むわりとレオンティーヌの気が膨らむと、湯気の様に体から溢れ出てくるのが分かる。それを見た夕顔は更ににたりと嬉しそうに笑っている。

 


「ふへっふへっふへっ。ぬしの気は、そんなもんじゃなかろうて」

 

「分かるか?」


「分かるとも、分かるとも。それにの、それだけじゃつまらんしの?弱い者虐めは好かんからのぉ……ふへっ」

 

 レオンティーヌの目の前に立つ夕顔と言う女。隙だらけである。刀は抜いてはいるが、だらりと両手を下げ、構えてすらない。全身脱力した様に立ち、にたにたと笑っているだけであった。

 

「ふん……」

 

 とんっと両手を合わせ、大きく息を吸い込むレオンティーヌ。その合わせた掌がぼわりと仄かに光りを帯びていく。全身から噴き出す気の量が増えていく。大気を震わし、その震動が夕顔の体にも伝わっている。

 

「良いのぉ、良いのぉ……もう一声……否、もう二声じゃ」

 

 ぎらりと光る夕顔の双眸。その顔は喜びに満ち溢れている。根っからの戦闘狂なのであろう。

 

「なんて人なの……」

 

 デシデリア達の方からレオンティーヌ達へと視線を向けたベニータが驚いている。死神(La Parca)と獅子姫(Principessa Leone)と呼ばれているレオンティーヌと対峙し、しかも、その気を練り、大きくさせていっているのに関わらず、恐れるどころかそれを楽しんでいる。余程、自分の腕に実力があるのだろう。しかし、夕顔の様子からはそれが測れない。人を小馬鹿にした様な笑みを浮かべている。

 

 すっとレオンティーヌの体から噴き出していた気が消えた。すると、夕顔が二振りの刀を構えた。

 

「行くぞっ!!」

 

「応っ!!」


 ベニータの視界から、二人の姿が消えた。速すぎて目で追えない。空気の爆ぜる様な音と、地面に巻上がる砂埃。それで二人の位置を把握するしかなかった。人間離れしている。

 

 どんっと鈍い音と共に夕顔が吹き飛ばされていく。その飛ばされる夕顔を追うレオンティーヌ。しかし、夕顔はその背中を飛ばされた先にある大木の幹へとぶつかる寸前んにくるりと身を返すと、両の足底で思い切り、その幹を蹴った。椿の様に鮮やかなその唇の端から、一筋の血が流れている。

 

「なんともなんともっ!!恐ろしい拳じゃっ!!」

 

 恐ろしいと言いながらも、その夕顔の顔には歓喜の色に染まっている。戦う事を、殺し合う事を心から楽しんでいる。

 

 真っ直ぐに自分の方へと飛んでくる夕顔を待ち構えるレオンティーヌ。深くはないが、体の何ヶ所かに刃傷がある。ベニータは確かに守護魔術をレオンティーヌにも施したはずであった。それなのに刃傷を受けている。あの夕顔と言う女は、それ程の実力なのか。レオンティーヌと渡り合えそうな人間は、あの特殊部隊隊長のベルナルダ以外に思いつかなかったベニータ。だが、目の前で戦っている異国の女。

 

 あの時、アドリアナがあの二人の気に気づかなかったなら……

 

 それを考えたベニータが、ぶるりと身震いをしてしまった。カルラやアルトゥロ達は無事で済まなかっただろう。

 

 唸りを上げレオンティーヌの拳が夕顔へと襲いかかる。それを紙一重で躱す夕顔が刀で斬り付ける。咄嗟に後ろへと飛び退いたレオンティーヌがじっと夕顔を見つめている。お互い僅かに間合いを外し距離を取った。

 

「やはり、お前程の実力者相手に素手では分が悪いな」

 

「ふへっふへっふへっ……武具を取るか?じゃかの、そんな隙は与えんて」

 

 レオンティーヌは他の隊員達へ被害が及ばない様に少し離れた所で戦っている。その為、レオンティーヌへ武具を渡せる隊員もいなければ、落ちている武具もない。かと言って、持ってこらせる訳にも行かないし、取りに行く訳にも行かない。そんな事は、対峙している夕顔が許す訳はなかった。

 

「心配するな、武具ならここにあるさ」

 

 かちゃり……

 

 そう言って腰のポーチから取り出したのはグローブであった。見た感じはただの黒い厚手のグローブ。手の甲部分と拳の部分が特に厚くなっている。夕顔から目を離さずに両手へ装着した。

 

「なんじゃ、その手袋は?それがぬしの武具か?」

 

「武具と言えば違うだろうな。だが、これは特殊でね……」

 

 そう言ったレオンティーヌが一気に夕顔へと間合いを詰めて来た。それに冷静に対応する夕顔が刀を振るう。だが、レオンティーヌは何を考えたかその刀を拳で殴りつけたのだ。

 

 甲高い音がした。

 

 夕顔の振るった刀がぽきりと折れていた。さすがに驚きを隠せない夕顔。二発、三発と繰り出されるレオンティーヌの拳を何とか避けながら、その間合いから出ようとしている。

 

「ふへっ……刀を折りおったわ。その手袋……気で固めたか」

 

 すんっ!!

 

 レオンティーヌの喉元目掛け、夕顔が刺突を出す。それを半身で避けるが、更に夕顔はその刃を横に振るう。

 

 ふしゅっ!!

 

 鋭く吐く息と共に繰り出される剣戟がレオンティーヌを襲う。息付く暇さえない。しかし、黙って避けているだけのレオンティーヌではなかった。下段から袈裟懸けに斬り上げられて来た刀を避けたレオンティーヌが地面に向かい掌を打ち付けた。

 

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