第9話 絹糸

 ぞわり……ぞわりぞわりぞわり。

 

 デシデリアの全身に鳥肌が立つ。とても嫌ぁな気を感じたのだ。あのレーヌとアドリアナが現れた時の様な禍々しい気。それが巨人族ギガンテス達の放つ魔気まきに紛れて流れてくる。まるで一本の絹糸の様に細いが、巨人族達魔族ではなく、紛れもなく人間の気である。

 

 辺りを見渡すデシデリア。しかし、巨人族と戦っているカルラ達も、ベニータも、エメリーヌを護衛している隊員達、それどころかレオンティーヌまで気付いていない様子だった。

 

 勘違い……では無い。これが勘違いと言うには、デシデリアの体が示す拒否反応に説明がつかない。絹糸を手繰るように気の出処を探すデシデリア。吹き荒れる暴風雨の様な魔気の中、細い細いその絹糸の様な、その気を見失わない様に。

 

 カルラと四人の隊員が巨人族へとどめを刺そうとした時である。

 

 手繰っていた気が僅かに膨らんだ。しかし、直ぐに元の大きさへと戻ったが、それをデシデリアは逃さなかった。

 

 気の発生源に辿り着く事が出来ないが、その方向は掴めた。二方向。まずはデシデリア達から近い方へと魔銃を構えた。

 

 突然、魔銃を構えたデシデリアの様子を見たベニータが声を掛けようとした時、デシデリアがその魔銃の引き金を引いた。

 

 ばふっと言う音と共に魔弾が飛んでいく。飛んでいく先には何もない。

 

「どうしたんだっ、デシデリア!!」

 

 それに驚いたレオンティーヌがデシデリアへ声を掛けた瞬間、二発目が発射された。

 

 一発目がカルラの戦っている左脇の大木へと命中。大きな爆発と共に大木を炎の渦へと包み混んでいく。そして、二発目はエウトロピオ達が戦っている右奥にある小屋へと当たり、大きな炎が巻き起こり火柱を上げた。

 

 大きな咆哮が上がる。

 

 巨人族達が、カルラ達にとどめを刺されたのだ。しかし、それよりもデシデリアの行為に皆が注目していた。

 

「デシデリア。何故、発砲し……」

 

 レオンティーヌがデシデリアへそう言いかけた。燃え上がる大木と小屋から二つの人影が飛び出し、倒れている巨人族のすぐ側に降り立った。そこで初めてレオンティーヌ達が二人の存在に気が付いた。

 

 一人はデシデリアと同じ位の白髪緑眼の少女。もう一人は黒い髪の女。二人共、顔に朱色の紋を入れており、白い上衣に金の帯。紺色の袴。異国の服を身に纏っていた。

 

「ふへっふへっふへっ。驚いたの……赫映かぐや。あの娘、我等に気付きよったぞ」

 

「えぇ夕顔ゆうがお……」

 

 にたぁと笑いながらデシデリアを見ている夕顔と呼ばれた女。それに白髪緑眼の少女、赫映が無表情な顔で視線をデシデリアへと向ける。

 

「……いつの間に」

 

 二人が現れるまでその気を感じ取れなかったレオンティーヌ。こんな事は特務部隊に入隊して初めての事であった。レオンティーヌだけではない、デシデリアを除いて誰一人として察知出来なかったのだ。デシデリアがいなければと考えるとぞっとする。

 

『この子が気がついてなかったら、カルラ達が無事では済まなかっただろうな……』

 

 ちらりとデシデリアの方へ視線をやると、デシデリアは二人を睨みつける様に見ている。

 

「いつ二人に気が付いた?」

 

 デシデリアへレオンティーヌが問う。その声にレオンティーヌへと向くデシデリア。

 

「はい、カルラ副隊長達が巨人族へとどめを刺す少し前……絹糸の様に細いに気が付いて……」

 

 デシデリアの言葉が聞こえたのか夕顔がまたにたぁと笑う。

 

「ふへっ、主は糸括いとくくりの術を使う様じゃのぉ……」

 

「糸括りの術?」

 

「そうじゃ……どんなに気を消しておってもの、その者の術に掛かれば、どうしても消す事の出来ない絹糸の様に細ぉい細い糸の様な気を手繰られてしまうのじゃ。それが糸括りの術よ」

 

 確かにデシデリアは勘の良い子ではあった。特務部隊訓練所で行われていた教官相手に制限時間の間、逃げ続ける訓練や対ゲリラ戦の訓練において、デシデリアはいつも最後の最後まで脱落する事無く一人だけ残っていた。今考えると、それは夕顔の言う糸括りという術……この国で言う特殊能力un súper poderだったのだろう。それが初実戦でこの緊迫した状況の中で、さらに強くなり開花したのだろう。特殊能力は何も持たないと思われていたデシデリア。

 

 今度はにやりとレオンティーヌが笑った。嬉しそうな笑み。

 

「デシデリア……特殊能力が開花したな」

 

 これが特殊能力かどうかはデシデリアには分からなかった。ただ、以前の様に勘が良く働いていた時よりも、更にはっきりと気が見えた。絹糸の様に細い一本の糸の様であったが。それでも皆の役には立てた。それが何よりも嬉しかったデシデリアが、微笑みかけてくれたレオンティーヌへ、花が咲いた様な笑顔を見せた。

 

「微笑み合っとる所、申し訳ないがの、おぬしらには死んで貰わねばならぬ。第二段階を破る者が現れたら殺せ……それが我等が受けた依頼じゃからの」

 

「たった二人で私らの相手を?」

 

 夕顔と赫映へ大剣を構えるカルラ。その側にあの四人も集まっている。そんな言葉にも相変わらずへらりとした笑みを浮かべている夕顔。何か秘策でもあるのだろうか。そんな夕顔が、すっと一歩を踏み出した……かと思った。

 

「———っ!!」

 

 いつの間にか、あの二人がカルラ達、五人の後ろに移動していたのである。動けなかった。夕顔と赫映の動きすら見えなかった五人。殺される……カルラはそう思った。だらりと冷汗が流れる。だが、二人はカルラ達など、全く眼中に無い様子でレオンティーヌとデシデリアを見ている。

 

「主らの相手は……こやつらがしてくれるじゃろう。我等はそこの二人を相手しよう」

 

 ぱちりと指を鳴らす夕顔。すると、先程感じた魔気がもわりと辺りを包み込んでいく。やはり、巨人族だけでは無かった様である。

 

 その魔気がカルラ達の前で渦を巻いていく。それが徐々に大きくなり、形を創り出している。

 

「あの紅蓮の魔女Bruja carmesíも手の込んだ事をするもんじゃて……魔法陣で我等を呼び寄せるわ、魔族を呼び寄せるわと……ふへっふへっふへっ」

 

 渦巻く魔気がある程度の大きさになると、圧縮された様に固まっていく。それはまるで人体の様な形をしていた。それも二つ。

 

 その人形ひとがたみたいな魔気の塊がじわりじわりと精巧な彫刻の様な姿へと変わっていく。

 

 一つは男型、もう一つは女型。

 

 男型の人形は、逆立つ髪に吊り上がる双眸に避けたような大きな口。気の弱い者なら、その表情を見ただけで卒倒するだろう。そして、筋骨隆々の体躯、その手に鋭く伸びた爪はあらゆる物を切り裂いてしまいそうである。

 

 女型の人形は、裸体のブロンドの美しい色白の女であったが、男を虜にする妖しげな瞳に、ゆるりと巻かれたその髪の間から山羊の様な角が生えており、脚ははラバであった。

 

「まるで聖書に出てくる悪魔みたいだな」

 

 カルラが眉を顰めながら吐き捨てる様に言った。身長もカルラ達とそう変わらない二体。あの巨人族を見た後だからか小さく見える。だが、油断は出来ない。二体から感じる魔気、そして、その禍々しさ。それは巨人族よりも格段に上である事は間違いない。

 

「おい、男共。あの女魔族に魅力されるなよ?」

 

「我等の事よりも副隊長、あんたは一人で大丈夫かい?なんなら誰か助っ人に行こうか?」

 

「ふふん、誰に向かって言っている?風神Dios del vientoと呼ばれる私が魔族相手に後れを取ると?」

 

 アルトゥロの言葉に負けじと言い返すカルラ。五人は互いに笑い合うとそれぞれの魔族へと体を向けた。

 

「始まるわ……夕顔」

 

 後ろを振り向かず赫映が無表情な顔で呟く。その手には二振りの刀が握られている。異国の剣。デシデリアは魔銃を背負うとベニータから受け取ったレイピアを構えた。

 

「無理はするなよ、デシデリア」

 

「はい、隊長」

 

 むわりとレオンティーヌの気が膨らんだ。その気の大きさがびりびりと隣にいるデシデリアへと伝わってくる。そして、それを夕顔達も感じた。嬉しそうに笑う夕顔。腰の刀を鞘から抜くと、レオンティーヌ達へと叫んだ。

 

「ふへっふへっふへっ……良いのう、良いのう。さぁさぁ、死合おうぞっ!!」

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