第15話 集落奪還

「すッ……げぇ」


 暗闇のなかを進むと、巨大なオークの群れの長アルファが、奇妙な格好で這いつくばっていた。身長が三メートル十フートはあったはずなんだけど、いまはその半分くらい。集落を全滅させるほどの脅威だった巨大な魔物が、頭はひしゃげ手足も折れ曲がって縦に折り畳まれて不思議な置物みたいになってる。

 何かの冗談みたいなこの状態を作り出したのは、アーシュネルが振るった猫手メイスの一撃だ。頭の陥没以外に傷がないから、文字通りの一撃だったんだろう。


「なにこれ、アーシュネルそんなに強かったの⁉︎」

「ううん。みんな、あなたのお陰」


 この獣人美少女は、それしかいわなくなってる。恥ずかしいからやめてほしいと伝えたけど、無理だった。潤んだ瞳で見つめるのも勘弁してもらいたい。けっこうな美少女だし、ぼくは褒められるのに慣れていないので挙動不審になる。血のついたメイスを宝物みたいに抱きしめながらなのも怖い。


「じゃあ、アーシュネル、手を貸してくれるかな。重傷者から順に治療してく。君には周囲の警戒と、動けるひとの誘導を……」

「大丈夫、任せて。あなたは、ここにいてくれた方が早い」


 ひょいひょいと音もなく駆け回りながら、アーシュネルはすごい速度で負傷者をぼくの前に運んでくる。たしかに彼女が動いてくれた方が、ぼくが駆け回るよりもずっと効率的だ。

 運び込まれたひとたちの負傷箇所を探って、治癒の優先順位を決める。意識を失ってるだけのひとは、悪いけど後回しだ。まずは放置したら死んでしまいそうなひと。次に、怪我の程度が重いひと。状態を見ながら“浄化”“治癒”“回復”を掛ける。

 何人かは、かなり際どいところだった。死に掛けていたのがひとりと、腕が千切れかけていたのがひとり。ぼくには部位欠損まで治す力はないので焦ったが、なんとか繋げることができた。


「……おかげで助かった。感謝するのじゃ」

「いえ、無事でよかった」


 ぼくは治療を続けながら、意識を取り戻した男性から話を聞く。長老っぽいドワーフの老人で、カイエンさん。彼も他の重傷者も、負傷したのはオークの棍棒や手足で吹き飛ばされた結果のようだ。

 必死に戦ったけれども、オークに対抗できるような武器がなくて蹂躙されてしまったのだとか。


「ゴブリン程度の襲撃には備えていたがの。まさかオークが群れで現れるとは思ってもみなかったのじゃ」

「この集落、何人くらい住んでるんです?」


 治療が済んだ重傷者が十二名、すぐには治療が必要ない軽症者が七名。まだ回収されていない怪我人がいないか確認したい。


「二十と七人じゃな。できるだけ女子供は逃したんじゃが……」

「あッ!」


 ぼくが急に叫んだんで、負傷者を抱えたアーシュネルが何事かと駆け込んでくる。


「アイクヒル、どうしたの⁉︎」

「ごめん。急ぎの負傷者を優先して。その後でいいから、仔猫ちゃんたちを迎えに行ってほしい」

「こねこ? もしかして、それ」

「名前はファテルと、ミルトン。あとトールだ。たぶん、ここの子たちだろ」

「生きてるの⁉︎」

「え? ああ、もちろん。四百メートル四半ミレほど先に、骨がいっぱい転がってる場所があるだろ。縦穴につながった場所だ」

「“ゴブリンの餌場えさば”⁉︎ あんなところにいたら、いまごろ……!」

「大丈夫だよ。ゴブリンは見かけなかったし、彼らは高い岩の上に隠してきた。水と食料も、武器も渡しておいた。ファテルは、しっかりした子だから、きっと不用意な行動もしないよ」


 ぼくは負傷者の治療をしながらだからアーシュネルの方は見ていなかったけれども、妙に静かになったと思って振り返る。


「うぉッ⁉︎ ど、どうしたアーシュネル⁉︎」


 彼女は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、ぼくにつかみかかろうとしていた。さすがに攻撃の意思とかはなさそうだけど、なんだかものすごい激情と戦っている感じ。

 なに? ぼく、なんかした?


「あの……子だぢ、は……弟ど、従兄弟」

「え? ああ、そうなんだ。ビックリした……いや、よかったね、うん」


 ファテルが、アーシュネルの弟か。トラ柄の仔猫じゃなくて、虎獣人の子だったのね。


「なるほど、たしかに目が似てるかな」

「……め?」


 綺麗なトラジマも、いわれてみれば同じだけど。もっと似てるのは目だ。ずっと、みんなを生かすにはどうしたらいいのかって、考えてるみたいな目。


 それを伝えると、ぼくに向けられていた手が、ゆっくり降ろされる。涙を拭って、彼女は静かに笑う。

 それで、わかった。ぼくに抱き付こうとしてたんだって。でも治療の邪魔になるからって、必死で我慢してた。いまも、そうだ。自分の感情よりも、他のひとの救助を優先するべきだって、必死に冷静になろうとしてる。

 ぼくは立ち上がって、アーシュネルを抱き締める。急ぎの治療は済んだ。ここは、照れてる場合じゃない。慰めるために、背中をポンポンと叩く。


「ファテルも、他のひとたちも。君が……君たちが守ったんだ。よくやったね」

「ゔぁああああああぁッ!」


 あ、ダメ気持ちはわかるけど、そんな全力で抱き締められたら死んじゃう、いま背骨がミシミシいってるから、ちょ……


「アーシュネル、落ち着いて。アイクヒルが潰れちゃう」


 背後から掛けられた言葉に、虎の子美少女がビクリと反応する。解放されて振り返ると、見覚えのある人狼女性が立っていた。


「イーフル⁉︎ ミーアスと、メーアスも!」


 イーフルさんは見覚えのないドワーフの男の子を背負い、幼いドワーフ姉妹と、三人の仔猫ちゃんたちを連れていた。

 いや、違うな。逆だ。

 ファテルは短剣を手にミーアスたちの左前にいた。右後ろには弓を持ったミルトン、その隣に槍を抱えたトール。


「やあ、ファテル」

「あ、アイクさん。ぼくたち、ちゃんと、かくれてました、けど」

「わかってる」


 ぼくはイーフルさんの背中で震えてる子を手のひらで示す。


「その子を助けて、女性たちを護衛してきてくれたんだろ。人員配置もよく考えてる。やっぱり、君は頼れるリーダーだ」


 浮かべていたぎこちない笑みがクシャッと歪み、安心したのかファテルは泣きそうな顔になる。それでも、泣き言はいわない。警戒も解かない。本当に、姉さんアーシュネルと似てるな。

 三人とも、ずいぶん雰囲気が変わった。いまも見た目は可愛らしい仔猫ちゃんたちなのに、ひと回り大きくなったような頼り甲斐のある感じ。

 自分と彼らとの間に、強固な信頼で結ばれたような感覚があるのも不思議だった。


「戻ってきてすぐに悪いけど、ファテルたちの力が必要だ。村のみんなを助けたいんだ。手を貸してくれるか?」


「「「……はい!」」」

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