第14話 目覚めた虎の子

 もうダメだな。あたしはそう思った。

 手足がぐにゃぐにゃで、力が入らない。動かせるのは、指先だけ。それが、すごく遠くに感じられた。

 死ぬのは、まあいい。弱いのが悪い。悔しいけど、しょうがない。


 でも、みんなを守れなかったのが心残りだ。ペリルやミーアスたちは、ちゃんと隠れられたかな。仲間を逃がすために牽制してくれてたイーフルの吠える声も、もう聞こえない。周りは、ひどく静かになっちゃった。あたしの耳がおかしくなったのか、なんの音もしない。


 ファテルたちは、逃げられたかな。弟妹のように育ったミルトンとトールのことを頼むって、いっちゃったからな。精いっぱい頑張ってくれるだろう。それでダメだったら、そのときはそのときだ。

 空の果てにあるとかいう“約束の地”で、会えることを祈るしかない。


「……くやしいなあ」


 襲撃は、何の前触れもなかった。あまりにも早く、あまりにも一方的だった。

 最初に反応したのはカイエン爺ちゃん。自分は何の役にも立たない老いぼれだって、いつもいってたのに。最初に襲ってきたオークを三体も倒した。

 少し小さめで、どうにかなりそうな相手だった。そいつらが持ってる武器を奪っては殺して七体仕留めた。安物の錆びた剣は殺すたびに壊れて、また丸腰になったところで爺ちゃんが吠える声が聞こえた。


「女子供は逃げろ、いますぐ!」


 爺ちゃんは察知してたんだろう。すぐにオークの第二波が来た。今度のは、最初のより体格がずっと大きい。行き先を決める間もないまま、子供たちを逃がすのが精一杯だった。

 大人が次々に吹っ飛ばされて、カイエン爺ちゃんも倒された。あたしも戦ったけど、まったく歯が立たなかった。ゴブリンを簡単に叩き潰せる拳が、でっかいオーク相手じゃ無傷で弾かれるなんて思ってもみなかった。

 殴り飛ばされて転がり、さらに蹴飛ばされた。足を持って振り回され、岩に叩き付けられた。身体中で骨が軋み、折れて、砕けた。

 痛みは感じなかった。何にも感じなくなった。目の前が暗くなる。暗闇の奥に、飲み込まれてゆく。もう死ぬんだって、思った。

 身体がふわっと、宙に浮いた気がした。


「……がはッ!」


 気が付いたら、何かが胸の奥に刺さってた。温かくて、柔らかくて、真っ直ぐで優しい、何かが。

 それと離れるのが嫌で、もがいたら地面に転がってた。すぐに起き上がった。なんでか、手足の感覚は戻ってた。赤黒いモヤが晴れて、目が見えるようになってきた。力が、気力が、怒りと喜びが全身を駆け巡ってた。


 あたしは、敵を見据える。第二波の個体よりも、ずっと大きなオークを。それに立ち向かおうとする、小さな人影を見る。

 あたしの鼻が告げる。“”って、確信する。

 あいつが、あたしの群れの長アルファ。あたしの胸の奥をとき、感じたんだ。あいつになら、全てを賭けてもいい。何もかも投げ出して構わない。


 あたしは、あいつのものだ。

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