第13話 アーシュネル

「警戒しないで。敵じゃない」


 振り向くと、オークに投げられてた虎獣人の女性だった。咄嗟の“回復キュア”が効いたらしく、笑みを浮かべてぼくを見ている。意識が戻ってすぐのわりに、混乱も疲労もなく臨戦態勢に入ってる。

 殺気はなかったし近付く魔力も把握していたが、気配を消して忍び寄られたら警戒くらいする。

 それにしてもこの女性、只者ではない。音も気配も完璧に殺している。オークへの対応で“探知サーチ”を展開していなければ全く察知できなかったほどだ。


「こっち」


 彼女に手を引かれてオークの進路上から避け、“隠遁ステルス”を展開しながら背後へと回り込む。

 そこは崩れ掛けた小屋で、外壁に寄り掛かかるようにして小型・中型のオークが何体も死んでいた。奮闘の跡なのか、ぶち撒けられた血や肉片とともに剣の残骸がいくつも転がっている。折れた本体の方は、死んだオークの腹や頭に刺さったままだ。


「ここなら、しばらく死体の臭いでアルファの嗅覚をごまかせる」

「なるほど」


 暗闇のなか、群れの長アルファオークがぼくらを探し回る音と気配はあるが、いまのところ見当違いの方向に向かっている。


「ありがと、助けてくれて」

「ああ、無事で良かった。あのときは、他に方法がなくて」

「ううん、あれで急に楽になったの。信じられないくらいに」


 突き飛ばした瞬間に掛けただけなのに、眼を見る限り意識はハッキリしている。ただ少し姿勢に歪みがあり、魔力循環の流れにいくつかよどみがあった。


「ちょっと失礼」

「え? ……うん」


 本人に断って、ざっと身体を調べた。目立った外傷はないようなので“浄化クリーン”は軽く最小限に。首と肩と上腕の打撲傷に“治癒ヒール”を掛け、軽く“回復キュア”を追加。


「あッ、ぁ……」


 彼女は妙に色っぽい笑みを浮かべながら、くすぐったそうに吐息を漏らす。よく見るとかなりキレイな顔立ちの子で、こんな状況だというのにドキドキしてしまう。年齢は……獣人なのでよくわからないけど、多分ぼくと同じくらいか少し上。十代後半か。


「まだどこか痛いところは?」

「もう大丈夫。どこも痛くない。あなたのお陰で、もう一度戦える。もうダメだって、諦めかけてたのに」


 彼女は高揚した顔でぼくを見る。どこか心酔したような表情なのが気になる。そんな大層な話ではないのだが。


「ねえ、名前を聞かせて。あたしは、アーシュネル」

「アイクヒルだ。アーシュネル、君は何が出来る」

「なんでも」


 幸せそうな笑みを浮かべて、虎獣人の美少女は笑う。


「なんでも出来る。やってみせる。生命でも身体でも、あたしの全ては、もうあなたのもの」


 アーシュネルは、全身全霊を懸けて、ぼくに何かを求めてくる。庇護ではない。援護とも少し違う。協力……共闘か。


「だから、お願い。あたしを信じて」


 熱っぽい視線に困惑するぼくの耳に、何かを見付けたらしいオークの唸り声が聞こえた。くぐもった悲鳴も。たぶん、逃げようとした負傷者を捕まえようとしてるか……ぼくが治療したなかの誰かが戻ってきちゃったかだ。

 視線を周囲に走らせているアーシュネル。手が泳いでいるのを見て、武器を探しているのだとわかった。


「アーシュネル、得意な武器はある?」

「大剣か、戦斧バトルアックス。大きくて重いほど良い。折れなければ棍棒でもいい」

「もしかして、そこに転がってる武器って」

「うん。ちっこいヤツを倒して、持ってる武器を奪って……って七体までは倒したんだけど。ボロいから、みんな壊れちゃった」


 すごいな。この死体の山、この子がやったんだ。虎獣人にしては華奢な体格に見えるけど、典型的なパワーファイターのようだ。

 あいにく勇者パーティに戦斧や大剣を使う者はいなかったので、“収納ストレージ”の在庫にはない。他に何か打撃武器は……っと。


「これはどう? 冒険者をやってたとき、辺境のダンジョンで拾ったんだ」


 ぼくが差し出したのは……たぶん戦棍メイス。長さは百五十センチ五フート、重さは十キロ二十パウ以上ある。全金属製で、いくつか謎の希少金属も混じった中級の超古代遺産オープスだ。売ればそこそこの値が付きそうなものだけれども、王都の武器屋からは引き取りを断られた。

 というのも、このメイス。なんでか打撃部位ヘッドは開いた猫の手みたいな形で、鋭い爪が飛び出しているのだ。人間至上主義の社会で戦闘職をやっているような者たちには受け入れられないと判断されたようだ。

 ぼくも発見時の第一印象は、“え、なにこれ”だったのだが……


「……なんて神々しい姿」

「あ、そうなの? じゃあ、あげるよ。好きに使って」


 彼女は猫手メイスを受け取って重さを確かめると、胸元に抱いて深く頭を垂れた。


「ありがとう。一生の宝にする」


 なんだか表現が大袈裟だな。鋳潰して打ち直すには希少すぎ、かといって売る当てもない訳あり品だ。

 ともかく、まずは巨大オークを倒すのが先決だな。


「ぼくが投石器スリングで牽制する。アーシュネルは、その間に回り込んで直接攻撃を頼みたい」

「任せて!」


 矢のように飛び出していった彼女は、あっという間に闇の奥に消えた。ぼくが牽制するといっているのに……というか、回り込んでもいないね。


「オォオ、ぶッ」


 あれ。なんかヘンな音。吠えてる途中で急に静かになった。投石器スリングを用意しながら近付くぼくのところに、気まずそうな恥ずかしそうな顔でアーシュネルが帰ってきた。


「……ごめん、アイクヒル。倒しちゃった」


 え、一撃で⁉︎

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