第16話 吹きだまった者たち

 負傷者は最小限動ける程度までは体力を回復して、軽症者たちも意識を取り戻した。

 このままこの集落で復興を進めてもいいのだけれども、ぼくの目にはあまり定住に向いている場所には見えない。遮蔽も少ないし、逃げ場も水場も限定される。


「カイエンさん。ここのひとたちは、どうしてこんな場所に住んでるんですか?」

「みな王国で疎まれて、地上を追われてのう。縦穴に落とされたかダンジョン内で迷ったか見捨てられたか飛ばされたかで、ここまで逃げ延びてきて、魔物や飢えや渇きで死にかけた者たちが身を寄せ合って暮らすようになったんじゃ」

「え? でもこのダンジョン、かなりの実力者でも踏破できない難関でしょう?」

「このすぐ上層うえまでは、そうじゃな」


 ん? どういうこと? ダンジョン最深部のボス部屋は前人未到だったはずだけど。


「“神隠しスピリットアウェイ”、という話を聞いたことはないかの」

「えーと、はい。王都では、盗賊や奴隷商にさらわれる隠語だと」

「半分は正しいかも知れんが、もう半分は真実だったようじゃの。このダンジョンの縦穴のいくつかは転移魔法陣になっとるんじゃ。わしらは、それぞれ穴に突き落とされて、ここに放り出された者たちじゃ」


 カイエンさんが指した暗がりの奥には幅三メートル十フートほどの水溜まりがあって、その横にひと抱えほどある平たい岩が置かれていた。

 その表面が、ほんのうっすらと発光している。


「あれがその、転移魔法陣の出口?」

「そうじゃ。元は魔物が徘徊する拓けた場所に置かれていたのを、わしと仲間とでここまで運んだんじゃ。ちてきた者が誰にも気付かれずに襲われて死ぬのを避けられると思ってのう」


 優しいな。それはわかるけど、だったらここを固めなきゃまた外敵に襲われてしまう。ダンジョン最深部のさらに底、魔物もうろつく危険地帯というのに小屋が並んでいるだけ。堀も塀も柵も何もないのだ。

 それでも、元あった場所よりマシなのか。


「いままで、その転移魔法陣で人間が来たことは」

「混血なら何人かおったがのう。人間は、たまに見かける墜死体くらいじゃ」


 何らかの力で選別されているのか、そもそも縦穴に落とされるのは亜人ばかりなのかは不明。


「アーシュネルも、この石の上に出たの?」

「うん。あたしは、ダンジョンで行方不明になった弟たちを探しに来て、魔物に襲われて落っこちたの。たしか、五階層だったかな」


 あら、単身ソロでそこまで潜るとは、さすがにかなりの実力者だ。

 ここの五階層といったら、勇者パーティが加護とスキルと装備の力押しで突破するまで人間が到達できた“最深部”だったのだ。


「もしかして、アイクヒルも?」

「いや、違うじゃろ。魔法陣そこに誰か現れたら気付く。わしの知る限り、ここしばらく転移してきた者はおらん」

「うん。ぼくは、ファテルたちと出会った、あの場所に落ちてきた。転移じゃなくて、ただの落下だ」

「……え⁉︎ それで、無事だったの? あそこ、いつも落ちて潰れた死体が積み重なるからゴブリンの餌場になってるのに」


 落っこちたときには気付かなかったけど、かなり上層階から吹き抜けになってる縦穴だったようだ。最下層から落ちたことが、結果的には幸運だったわけだ。

 “ゴブリンの餌場”か。そうね。あの辺の死体、妙に肉が綺麗に白骨化してたもんね。ぼくも一歩間違えばゴブリンに骨までしゃぶられるところだった。

 ここに来た経緯を説明すると、みんな反応に困っていた。


「あれ、アーシュネルが探してた弟たちって、ファテルのことだよね?」

「そう。ぼくら、わなよけ、させられたの」


 ファテルは悔しそうにいう。“罠避け”というのは、ダンジョン内のトラップや見えない穴を識別するために“捨て駒”を先行して歩かせる非道な行為だ。冒険者のなかには子供や無知な新人冒険者を安いカネで雇って、あるいは騙すか脅すかして、無理やりやらせる奴もいる。

 発覚すれば極刑もありうる重罪だが、被害者が亜人の場合、処罰されることはほとんどない。ましてダンジョン内となればその前に口封じして終わりだ。胸糞悪い話ではあるが、それが王国の現実だった。


「トールがおちそうになったのを、ファテルがたすけようとして」

「ぼくらは、いっしょにおちたの」

「ひどい奴らだな。……あれ、ミルトンは?」

「わたし、ひとじち。もう、いらないって、そのあとにポイって」


 最低だ。そんな奴ら、見付けたら同じ目に遭わせてやらないと気が済まないな。

 可哀想に。ぼくも結果的にではあるけど、勇者たちに落とされたんだから他人のことはいえないけど……


「でも、どうしようもなかったの。あいつら、ゆうしゃだから」

「え」


 まさかの、同じ相手からの被害者でした。

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