第8話 守護者の覚醒

「このなかに、弓が得意な子はいるかな?」

「ミルトンが」


 リーダーらしいトラジマの男の子が、隣の華奢な子を指す。ミルトンというのは最初に泣き声を上げていた、斑模様の女の子だ。


「じゃあミルトン、これは君が使って。他に君たちが使えそうなサイズの武器は、短剣と小盾、それに手槍がある」

「やりは、トールがうまいの」

「そうか。君の名前は?」

「ファテル」

「よし、ファテル。君も好きな武器を選んで」


 トールというらしい茶色毛の男の子に手槍を渡して、ファテルの前には短剣と小盾を置く。

 彼は短剣を手に取ると鞘を腰の後ろにつけて固定を確認し、しゃがむ動きの邪魔にならないか、抜きやすいかどうかを試す。その仕草は、かなり慣れた様子に見えた。

 少し考えて、小盾はぼくに返してくる。ファテルは防御を捨てるのに迷いがなかった。

 そんな子供は見たことがない。こんな危機的状況で盾を捨て剣を取るのは攻撃力に絶対の自信がある強者か、身の程を知らない馬鹿だ。

 ファテルは、どちらとも違う。


「なるほど。移動と回避を優先、そして少しでも疲労する要素を減らしたんだね」


 彼の目は、怯えてる。小盾で受けるような状況なら、自分たちは死んでると理解してるみたいだ。


「え? うん。それと、あの……できるだけ、てを、あけたいの」

「なるほど。負傷者が出たときの想定もしてるのか。すごいなファテル、君は生まれついてのリーダーだ」


 ファテルはポカンと口を開き、驚いた顔で固まってる。


「なんで、わかったの」

「さっきの動きを見てればわかるさ。君が怪我をしていることもね。見せて、左の足だ」

「まって!」


 女の子ミルトンが、小さく悲鳴のような声を上げる。


「怖がらなくて良いよ。治療をするだけだから」

「ちがうの、ファテル、けがしてたの⁉︎ にげるとき、わたし、たすけて⁉︎」


 そっか、ミルトンに気を使わせないように隠してたのか。悪いことしちゃったな。まあいい。


「話は後にして。すぐ済む」


 “浄化クリーン”を掛けながら調べたとき、裂傷や擦過傷はなかった。改めて毛を掻き分けて調べると、薄く広い腫れと内出血があった。殴られたか蹴られたか、柔らかくて重いもので跳ね飛ばされたような打撲傷だ。


「上手く衝撃を逃したな。大した反射神経だ」

「あ、うん……いッ」


 痛みはあるようだけど、折れてはいない。

 まだ使えるかどうかわからなかった“治癒ヒール”を掛けてみる。淡い光が当たって、表面の打撲痕はすぐに消えた。そのまま奥にまで通すと、魔力循環の淀みも消えた。


「よし、これでどう?」

「いたく、なくなったの」

「それじゃ、もう大丈夫だ」


 ちょっとだけ“回復キュア”を試すが、これも問題なく効果を発する。これ、やっぱりレベルアップしているね。低レベルでは光に包まれるとかの兆候はないから、気付かなかった。


・名前:アイクヒル(16)

・職業:守護者(レベル6)

・HP:52/60

・MP:37/60

・スキル:“看護みまもり

・習得魔法(初級):“収納ストレージ”“浄化クリーン”“防壁バリア”“窃視ヴォイエ”“探知サーチ”“治癒ヒール”“回復キュア”“隠遁ステルス


 ステータスを見ると使える魔法も増え、魔力も回復してきてる。この子たちを守護すると決めたことで、“みまもり”の力が上がったんだろうか。ぼくの守りたい気持ちが強いせいか彼らの信頼を受けたせいか、レベルアップの度合いが高い。数値を細かく測れないので条件については不明点も多いけれども、どうもレベル上昇は直線的リニアではない気がする。

 理屈はどうでも良い。成長した恩恵は、守護対象に返すだけだ。


「よく頑張ったねファテル。でも、あまり無理をしないようにね。君が倒れたときは、ミルトンとトールも危険にさらすんだから」

「……わかってる。ぼくが、ゆだんしたから」

「ううん、わたしが、わるいの」

「ちがうよ、おれが」


「いやいや、なにいってるの?」


 ぼくが首を傾げてみると、三人はビクリと身を強張らせた。いや、なんでそこで怯える。たぶん、怒られると思ったんだろうけど、怒るような問題はないだろうに。


「君たちは、いちばん困難なときを乗り切った。この状況は突破できるよ。ファテルの判断は間違ってなかった。仲間を守って、引き換えに怪我をしたといっても、隠し通せる程度の軽傷で済んだんだからね」

「でも、それは……アイクさんが、きてくれたから」

「そうかもね。でも結果以外のことなんて、どうでも良いんだよ。運でも策でも罠でも何でも。最後に生き延びれば、君らの勝ちだ」

「……うん」

「いいぞ。君がいれば、みんな無事に仲間のところに戻れる。待ってて、あのオークは、いま仕留めるから」


 岩の上から覗き込むと、暗闇のなかで死体漁りをしているオークは二体。体高は百八十センチ六フートほどと、小さい。体格が劣っているのに傷もなく痩せてもいない、怯えた様子もないことから成体になって間がない群れの下位個体のようだ。

 やっぱり、あいつらが元凶じゃない。


「ねえ、ファテル。もしかして、君らの仲間はオークに捕まってる?」


 ハッと息を呑む気配があって、仔猫ちゃんたちは涙目で俯く。そうか、こんなところを小さな子たちだけでウロウロしてるのは不自然だと思ったんだ。


「なるほど。それじゃ、すぐには仕留めない方が良いか」

「「「え?」」」

「心配要らない。君らの仲間はまだ死んでないよ。オークは、獲物をすぐには殺さないから」


 捕らえた獲物を、しばらく生かしてはおくのは事実だ。ただし、それは保存用の肉を腐らせないため。逃げられないよう半死半生にしておくので殺されるより悲惨なのだけれども、そこは話さない方が良いだろう。


 ぼくは懐から投石器スリングを取り出し、横に石弾を並べる。硬め重め小さめの銑鋼てつクズ。鋭いけど砕けやすい。表面が柔らかい的なら、身体のなかに広がってダメージを与える。即死させられるほどではないけど、皮膚を破って筋肉に食い込み、内臓に傷を付ける。

 表現を変えれば、

 スリングを思い切り振り抜いて、無防備なオークの脇腹に銑鉄弾を叩き込む。人型魔物の身体では、そこが最も皮膚が薄く柔らかい。貫通したトゲトゲの塊に内臓を切り裂かれたオークたちは、甲高い悲鳴を上げて転げ回りながら豚に似た凶悪な顔を歪める。


「すごい……」

「ちょっとだけ、ここで待っていられるかな? すぐ戻るから」


 もし長引いたときのために、保存用の堅焼きビスケットと干し肉、水の入った革袋を置いていく。おやつとして木の実ナッツと干し果物を糖蜜で固めた携行食も。

 お腹が減っていたらしく、食べ物を見て仔猫たちは小さく歓声を上げた。

 その後で手が止まり、目が泳いだのを見て、どうやら彼らが過酷な環境にいたことを察する。


「“仲間のために取っておく”、みたいな心配は要らないよ。まだ他にも、食べる物はいっぱいある。後で合流したら、みんなにも分けてあげられるからね」

「「「ありがと」」」


 水や携行食の類は勇者パーティにいた頃、大量に調達した手付かずのものだ。収納に入れたままだったから劣化はしていない。

 勇者たちあいつら贅沢に慣れて、新鮮な食材で調理したての物しか食べなくなってたからな。ダンジョンのなかでそんな食事をってるのは、あいつらくらいだ。調理は当然のようにぼくだったし、そのくせこちらには余り物しか寄越さなかったしな。思い出すと空虚な笑いが出てくる。


「それじゃ、ぼくは用事を済ませてくる」

「アイクさん、ようじって? あのオーク、まだ、しんでないよ?」

「わかってる。わざと生かしておいたんだ。三十分四半刻くらいは、痛みにのたうち回るようにね」


 フカフカになった三人の柔らかな毛並みを撫でて、癒されたぼくは大岩から飛び降りる。気休めかもしれないが、彼らには“隠遁ステルス”を掛けておいた。低級の魔物くらいなら見付からずに済むはずだ。

 静かに着地して、笑顔で振り返る。こちらを不安そうに見ている、小さな三人の顔を。

 仔猫ちゃんたちがここに迷い込んだということは、幼児でも移動できるくらい近くに、亜人が隠れ暮らす場所があるんだ。彼らは孤立無援で地上の人間社会から見放され、飢えや渇きと戦っている。そして何より、魔物たちと。

 だから、ぼくは決めた。彼らを守護まもると。


「あいつらが逃げる先に、オークの群れがいるはずだ。そこに、君らの仲間もいるんだろう?」

「……うん、でも」

「大丈夫だよ。きっと助け出してくるから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る