第7話 最初の守護対象

「……も、……もうダメ」


 暗闇のなか、震えて怯えた消え入りそうな泣き声が聞こえてくる。ぼくは暗闇のなかで足音を忍ばせ、声のした方に進んだ。


「ねえ、大丈夫?」

「「「ひぃッ⁉︎」」」


 あら。複数の悲鳴が上がった。ずいぶん小さい子みたいな感じだな。


「怖がらなくても平気だよ、いまそっちに行くからね」


 できるだけ穏かに声を掛けながら近付いていくと、泥団子みたいな三人組が震えながら身を寄せ合っていた。獣人だとは思うけど、あまりに薄汚れているので種族はわからない。耳や尻尾を見る限り、猫系の獣人だ。虎か獅子なのかなもしれないけど、まだ幼いから仔猫みたいな印象。


 なんでこんな難関ダンジョンの最底辺に、こんな小さな子たちがいるんだろう?


「やあ、こんにちは。ぼくは、上から落っこちてきてね。もしかして、君たちも?」

「……うん」

「「ちがう」」


 なんでか二対一で意見が分かれているな。ぼくの見た目は人間ぽいから警戒されているのか。彼らがここに来た経緯はひとまずいとこう。


「ぼくは、安全な場所まで避難しようと思ってる。君たちも、一緒にどう?」

「「「いく」」」


 今度は意見が合った。危険な状況に置かれている自覚はあり、信用できるかどうか微妙な相手でも庇護は必要と理解しているようだ。着衣は薄い肌着のみ。みんな飢えて、汚れて、凍えて、疲れて、怯えてる。

 どこかから逃げてきたのか。子供だけで? どういう状況だ?


「自己紹介しておこう。ぼくはアイクヒル。四分の一亜人クォーターエルフで、いまは野良の“守護者”だ」

「エルフ……え?」

「のら?」

「しゅごしゃ?」


 わからないよな。彼らの知識がどのくらいなのかは不明ながら、前衛であれ後衛であれ戦闘に関与する職で野良なのは余程の“訳あり”だ。まして、“守護者”なんて職は、ほとんど知られていないし。

 ぼくも、自分以外の“守護者”に会ったことはない。


「あの……あいきひゅ、さん」

「アイクで良いよ。ぼくの職については、まあ、機会があれば説明する。それより、怪我をしている子は?」

「「「だいじょぶ」」」

「よし。君たち、なにか武器はあるかな?」


 彼らは困った顔で首を振る。見たところ、武器どころか持ち物が何もない。ダンジョンに入ったんなら、最低限お守り代わりの小刀くらいは持ってるかと思ったけど。自分の意思で入ったわけではないのか。

 小さい子が死にやすくなるのは、怖がったとき、泣いたとき、調子に乗ったときだ。まずは、落ち着かせることが最優先だな。


「心配は要らないよ。ぼくはダンジョンに慣れてる。まずは安全な場所まで移動しよう。静かにね」


 どこか隠れられる場所……彼らが一時的にでも身を隠せて、オークの死体漁りから逃れられる場所。


「ああ、ほら。そこの、岩の陰に隙間がある。君は、そっち。あとふたりは、あっちだ。どう?」

「……あ、うん」

「でも、そこは……」


 二対一に別れるのが嫌なのか、顔を見合わせて戸惑っている。もし見付かって手でも突っ込まれたら、奥にへばりついて耐えるしかないしな。うん。それは確かに怖いだろう。


「なるほど。じゃあ……そっちの岩の上にしよう。高さがあるから、人喰い鬼オークでも簡単には上がってこれないし、上がってこようとしたらすぐわかる」

「でも」

「ぼくらも、あがれない」

「大丈夫、手を出して。ひとりずつ持ち上げるからね」


 岩の高さは、三メートル十フートくらいか。仔猫ちゃんたちをひょいひょいと持ち上げては、大岩の上に登らせる。岩の側面には手を掛けられる場所もないから、最大二メートル半八フート、平均二メートル強七フートくらいのオークに対しては、ある程度の安全が確保できる。

 心配なのは魔物よりも彼ら自身の健康状態だ。抱え上げたときに触れた三人の身体は、みんな驚くほどに痩せこけて軽かった。


「よッ、と」


 走り込んでジャンプしたぼくは大岩の端に手を掛け、岩の上に転がり込む。上面はわりあい平坦で、濡れてもいないし動物や鳥の糞もない。後方の崖が上に少しだけひさし状に被さっていて、隠れるのにも都合がいい。


「よーし、みんな大丈夫?」

「うん」

「ありがと」

「明日になって中天まうえに陽が昇れば、縦穴から差す光で少しくらいは明るくなると思う。そしたら移動するよ」


 三人を撫でながら、静かに弱めの“浄化クリーン”を掛ける。いまは魔力がそんなに潤沢じゃないので小出しにしたいというのもあるが、毛に絡まった汚れは、ゆっくり落とさないと油分や潤いも取れてガビガビになってしまうのだ。

 いっぺんそれで“聖女様ミネル”から怒鳴りつけられたことがあった。遠征中は日に何度も“浄化”させられた挙句に文句いわれるとか、何様だと思ったけど……聖女様か。まあ、それはいいや。


「よーしよし、大丈夫だよ」


 代わる代わる撫でながら、汚れを落として健康状態を見る。毛並みは悪くないけど、栄養状態はあんまり良くない。飢えたり凍えたりしてたのは、昨日今日の話じゃないみたいだな。

 なんとなく、状況がわかった。


「ほら、綺麗になった」

「「「わぁ……」」」


 仔猫ちゃんたちは、お互いに汚れが落ちたのを見てホッとしたように笑う。ペッタリしてた毛が膨らんでモフモフで可愛い。泥団子のときはわからなかった毛の色の違いもハッキリした。汚れついでに水分も取ったんで、保温性も上がったはず。


「ちょっと待ってな」


 収納のなかから柔らかそうな布を出して、三人の首に巻く。ケープかスカーフか、たぶん聖女ミネルの私物だ。仔猫ちゃんたちには大きくて短めのマントみたいな感じになってる。包まったら少しは暖かいだろう。


 さて、ここからだ。

 小さな子たちを危険な状況からけて身綺麗にしただけじゃ、自己満足でしかない。彼らが危険な状況に置かれた原因を排除しなければ、問題は何も解決していないのだから。

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