二羽の海鳥
校門近くの防波堤にいくと、
「悪い、待った?」
訊くと、絃羽は首を振った。
「ううん、待ってないよ」
「そっか、ならよかった。じゃあ帰ろうか」
「うん」
家路についている間、彼女は色々話してくれた。大体が
ただ、あくまでもそれは、遠くから眺めていた感想、という感じだった。彼らと共に過ごした時間ではなく、彼らを眺めていた時間。或いは、彼らが休み時間中に話していたことを盗み聞いていたのかもしれない。絃羽の話していた内容からは、それぐらいの距離感を感じた。
「ふーん、で? 絃羽は?」
「え、私?」
「うん、絃羽はどうしてたんだ? そんだけ可愛いんだから、男子から告白くらいされるだろ」
「な、ないないない!」
絃羽が凄い勢いで否定する。
「え、何で?」
「だって私、友達いないし、ぼっちだし、変な子って思われてるし」
困った様に笑って、視線を逸らした。
どうして変な子と思われてるのだろうか。いや、まあ……岬から飛び降りてるのだから、十分変か。
「ふーん、もったいないな。俺が同級生だったらきっとアタックしてたよ」
素直に思った事を言うと、ボッと真冬の石油ストーブみたいに絃羽の顔から火が噴いた。
あ、しまった。とんでもない事を言ってしまっている。
──別に嘘は言ってないんだけどなぁ。
きっと、絃羽みたいな子が同級生にいたら、気が気でないように思う。
こうして、俺が年上で、小さな頃から知ってるから話せているけれど、例えば絃羽と同い年で、今の絃羽と出会ったら話し掛けれただろうか。
──無理だな。
絶対緊張して話せない様に思う。それに、話し掛けても会話続かなそうだし。
ただ、それを言ったところで余計に照れさせてしまうだけだろう。何も言うまい、と口を噤んで彼女の横を歩いた。
そのうちに、旅立ちの岬が見えてきた。
彼女はそこで立ち止まると、じっと岬を見つめていた。
「海、見てきていい?」
「……また飛び込むからダメだ」
「もう飛び込まないから」
お願い、と
懇願しているのは、銀髪の現実離れした美少女。こんなに可愛い子から懇願されて、断れる男などいやしない。溜め息を吐いて、仕方なしに岬のほうまで歩を進めた。
絃羽は柵を乗り越えた先で座った。俺も同じく柵を越えて、横に座る。
彼女は何も言わないまま、膝を抱えて海を見ていた。
「どうして空を飛びたいんだ?」
昨日からずっと気になっていた事を訊いてみた。ここに彼女の悩みの原因があるように感じたからだ。
「わかんない」
「ここから逃げたいのか?」
「……わかんない」
絃羽はぽそっとつぶやいて、黙り込んだ。
話したくないのか、自分でも本当に理由がわからないのか、それすらも読み取れない。
彼女からは昨日再会した時と同じ様な寂寥感が漂っていた。どうして彼女はそうまでして孤独を選んでしまうのだろうか。要らない子とは、どういう意味なのだろう。
ふとその細い肩を抱き寄せたくなって右手を浮かすが、結局そのまま宙をさまよって地面に突いた。
──だから、昨日から俺は一体何をしようとしてるんだって。
昨日と同様に自分の行動に呆れながらも、海を眺めた。
ほんの少し前に付き合っていた恋人を寝取られ、自分に自信を無くしていたのに、さすがに節操がなさ過ぎだ。それに、相手は高校生だというのに、何を考えているのだ。
──あれ? そういや、失恋してたんだっけ、俺。
ここに着くなり色々な事が立て続けに起きていたので、すっかり忘れてしまっていた。
──今はもうどうでもいい事だよな。
それより、絃羽の事だ。もし彼女が何か悩みや問題を抱えているのなら、それを解決してやりたいとは思う。
例えば、もし学校が楽しければ、彼女も変わるのではないだろうか。武史や帆夏がそばにいてやれば、こいつはこんな思いをしなくても良かったのではないか。ふと、そんな事を考えてしまう。
絃羽の心を占めているのは、孤独感なように思えた。もともと引っ込み思案な性格で、両親も行方不明。心を閉ざしてしまう理由は、十分にある。
今の彼女に必要なのは、美紀子さんの様に遠くから静かに見守る事ではない。彼女に必要なのは、無理矢理にでも外に引っ張り出して、笑わせて、世界はこんなにもまだ楽しいのだと、教えてやる事ではないだろうか。
きっと、最初は嫌がるだろう。嫌われるかもしれない。でも、そういう覚悟を持たないと、ここまで殻に閉じ籠ってしまった彼女を救えないのではないか、とも思うのだ。
「なあ、絃羽は今年の夏休みなにか予定があるのか?」
唐突に訊くと、彼女はきょとんとして俺を見た。
「えっと……園芸部と補習、かな。あとは、散歩くらい」
殆ど今日の生活をループする気だった。これではだめだ、と思わず嘆息する。
「じゃあ、俺から宿題だ。この夏休みにやりたい事を考えろ。ただし、俺が実現できることだけな。それと……」
「それと?」
「なんか色々、遊ぼう。昔みたいに」
俺がそう言うと、絃羽は驚いたようにこちらを見た。
浅葱色の瞳が震えて、一瞬潤んだように思えた。
「……うん」
彼女は少しだけ間をおいて、嬉しそうに頷いた。
何だか照れ臭くなって、海面へと視線を移した。
海の上では二羽の海鳥が並んで飛んでいた。海鳥の群れはそこから少し離れた場所にある、この二羽だけ群れからはぐれてしまっているようだ。
片方が怪我をしているのか、ちゃんと飛べないようだ。それでも、こっちだよ、と言わんばかりにもう一羽がまるで寄り添うようにして飛んでやっていた。
何だか、俺と絃羽みたいだ。
──でも……怪我をしているのは、どっちなんだろうな?
同じようにその二羽を視線で追う絃羽の横顔を盗み見て、俺はふとそんな事を考えてしまうのだった。
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